第31話 女神の像
翌朝、俺たちは早めに宿を出た。
まだ朝靄の残る街路を歩きながら、昨日の出来事を反芻する。
ミラは相変わらず元気そうで、眠気の残る俺の歩調を引っ張るように先を行く。
ミラが振り返りながら、少し歩幅を緩めて言った。
「ねぇ、アッシュ。昨日ライナーさんが言ってたじゃん。今はギルドの仕事で大聖堂の監視を任されてるって。あれ、もしかしたらチャンスかもって思ってさ」
「チャンス、か?」
「うん。サンドールの大聖堂って、街を護るための古いフラグメントが安置されてる場所でしょ? 普通は部外者なんて入れないって言われてるけど……アッシュの力って、フラグメントに反応して覚醒したことがあったでしょ? ラグナ=ヴェントの時みたいにさ」
ミラは足を止めて振り返り、少しだけ真剣な表情を見せた。
「直接的な答えが見つかるかは分からない。でも、もしあの場所で何か感じられるなら、それだけでも意味があるんじゃないかって……そう思ったんだ」
俺は無言で頷いた。
昨夜、ミラが語ってくれた魔法の話を思い出す。
自分の力――メモリアについての手がかり。
それが、ほんのわずかでも得られるかもしれない場所があるなら……行かない理由はない。
聖堂は街の中心部、石造りの広場の奥に建っていた。
高くそびえる尖塔と、陽光を反射するステンドグラスの壁面が神秘的な輝きを放っている。
広場に足を踏み入れた瞬間、周囲の喧騒がすっと遠ざかり、空気が澄んでいくような感覚に包まれた。
「……静かだね」
ミラがぽつりと呟く。俺も同感だった。
聖堂のまわりには警備兵の姿が多く見られ、その配置の密度は明らかに通常のそれを超えていた。
騒がしさはなかったが、早朝の静けさに反して異様な数の警備が張り巡らされている光景は、否応なく周囲に緊張感を漂わせていた。まるで、何かを警戒しているかのように。
大きな門扉の前で足を止めると、見覚えのある男がひとり、警備兵に指示を出しているのが見えた。
「あ、いたいた! ライナーさんっ!」
ミラが手を挙げて駆け寄る。俺も後に続いた。
「またお前たちか。今度は何しに来たんだ?」
やれやれといった様子で歩み寄ってくるライナーさんは、昨日と同じ装備に身を包んでいたが、目の奥にはわずかな疲労の色が滲んでいた。
「あの、大聖堂の警備に出てるって言ってたでしょ? その……中の様子を少し見せてもらえないかなって」
ミラがやや遠慮がちに切り出すと、ライナーさんは軽く片眉を上げ、少し考えるように眉間にしわを寄せた。
「……今の状況じゃ、本来は礼拝に関わる者以外、中に入れるわけにはいかないんだ。支柱の爆破があった影響で、今はギルドも含めて警備体制を強化してる。ただ……」
ライナーさんはちらりと聖堂の方を見やり、肩をすくめた。
「実際、礼拝に来た連中が本当に信者かどうかなんて、いちいち確認してるわけじゃないしな。誰か一人が付き添えば体裁は保てるし……俺が一緒でも、別に問題はないだろ」
小さく苦笑しながら、頭をかく仕草を見せる。
「ま、どうせ誰かがついて回るなら、お前たちについて行く方が気楽だしな。俺が付き合ってやるか」
「ほんとに!? ありがとう、ライナーさん!」
ミラが目を輝かせて頭を下げると、ライナーさんは少し苦笑しながら頭をかき、警備兵に軽く合図を送った。
その後、俺たちを静かに手招きする。
聖堂の扉が重々しく開かれる。
中に足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を包み、思わず背筋が伸びた。
高く広がる天井、天窓から差し込む光、それらすべてがまるで別の世界に足を踏み入れたような感覚を呼び起こす。
その神聖さに圧倒されながらも、静かに祈りを捧げる人々の姿がところどころに見える。
中には老いた司祭のような人物が佇み、目を閉じて何かを唱えている者もいれば、小さな子どもを連れた家族が、そっと祭壇に花を供えている姿もあった。
彼らの動きは静かで、敬虔な空気が空間を包み込んでいる。
そんな人々の間を縫うように進んだ先、聖堂の中心――祈りの場のさらに奥に、それはあった。
祭壇の後方、半透明の結界に包まれるようにして、青白く光を湛えた女神像が静かに佇んでいた。
その姿は、どこかで見たことがあるような既視感を呼び起こす。
「……あれ、この像……」
隣にいたミラが、小さな声で呟いた。
その声には、確かな戸惑いが滲んでいた。
その一言が、俺の胸の奥で何かを引っかけたように響く。
……まさか。
息を呑むと同時に、心臓の鼓動がじんわりと熱を帯び、視線が像に釘付けになる。
頭の奥に、懐かしさと不思議な違和感が入り混じった感覚が、波のように広がっていく。
この像……どこかで。
いや、間違いない。
これは、俺が最初に目覚めたあの神殿の──女神の像と、酷似している。
「アッシュ……? 大丈夫?」
ミラの声が、少し不安げに響いた。
けれどその声も遠く、耳の奥では、もっと別の“何か”が確かに語りかけていた気がした。
これは……ただの偶然だろうか?
けれど、そう思いながらも胸の奥で何かがざわめき、言葉にできない感覚が渦を巻いていた。
まるで、この場所に引き寄せられるようにして辿り着いたような、そんな気がしてならなかった。
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