第30話 魔法講座
ギルドでの短い調査を終えた俺たちは、日も傾きはじめた石畳の街を歩きながら宿へと向かった。
サンドールの空気は、昼間よりもどこか少しだけ緊張感が漂っているようだった。
行き交う人々の足取りも、心なしか早い気がする。
大通り沿いに並ぶ露店は、いくつかがすでに店じまいをしていたが、完全に閉め切っているわけではなく、まだ開いている屋台や、荷物を片付けながらも会話を交わしている商人たちの姿もちらほら見えた。
街全体に流れる空気は、普段よりも少しだけ重たく、どこか様子をうかがうような静けさが漂っている──そんな感覚だった。
「……やっぱりいつもより人が少ないね」
ミラがぽつりと呟く。
俺も、どこか息苦しさを感じていた。
街全体に流れる空気は、いつもより少しだけ張り詰めているようで──ただの夜の静けさとは、どこか違っているように思えた。
俺たちは、宿屋の看板が見える裏路地に足を踏み入れた。
重たい扉を押し開けると、木造の内装がどこか懐かしさを感じさせる温かな光に包まれていた。
宿の手続きを済ませて部屋に入ると、ミラが勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「はーっ、今日はなんか、すっごい疲れた……」
「図書館もギルドも、思ってた以上に情報は限られてたからな」
俺は鞄を降ろしながら、今日一日を思い返す。
手応えがなかったわけじゃない。
だが、メモリアに関する直接的な手がかりが得られなかったことは、やはり心に引っかかっていた。
ミラがベッドに寝転がったまま、楽しげに笑った。
「でも、なんかちょっとずつ繋がってきた気がしない? フラグメントに干渉する魔法の話とか、面白かったし!」
そして、小さく手を振りながら付け加える。
「ほら、アッシュが持ってるメモリアの力って、ああいうのと似てるのかもって思っちゃった」
「……俺も、そう感じた」
封印魔法、構造の読み取り、再構築。どれも、今の俺が持つ力の性質に近しい何かを含んでいた。
そして、今の鑑定系の魔法にも、何か共通する部分がある気がした。
明確な答えではなかったが、それでも“確かに存在していた”という痕跡だけでも、希望を抱くには十分だった。
「ねぇアッシュ、今日みたいなこと、他の街でもやっていく感じになるのかな?」
ミラが身体を起こし、こちらを見つめる。
その素直な問いかけに、俺は一瞬だけ言葉を探し、それからゆっくりと答えた。
「……正直、まだ分からない。俺自身、この先どう動いていくべきかも、明確には見えてないんだ」
俺は視線を窓の外に向けながら、静かに続けた。
「でも、自分の中にあるこの力が何なのか……俺が何者なのか。それを知りたいとは思ってる。だから、少なくとも今は……前に進むしかないんだ」
ミラは一瞬だけ目を伏せ、何かを考えるような仕草を見せたあと、ふっと笑顔を作った。
「そっか。……じゃあ、アッシュがこれから動いていくなら、魔法のこともちゃんと知っとかないとだよね!」
明るい声でそう言い、鞄からノートを取り出してテーブルに広げると、
「はいっ、それじゃあ今日の“ミラの魔法講座”、はじめまーす!」
と、軽やかに言ってみせた。
その声につられて、俺も自然と口元が緩んだ。
「よろしくお願いします、ミラ先生」
軽く肩をすくめて言うと、ミラは「おうっ!」と小さくガッツポーズをして笑った。
その笑顔につられるように、ほんの少しだけ、胸の奥にあった不安が和らいでいくのを感じた。
「今日はね、私が見習い時代に習った“魔力の流れ”について復習するよ。魔法ってね、自分の中のマナをどうコントロールするかで精度が変わるんだって。詠唱の長さ、呼吸の仕方、精神の集中具合……そういうの全部、効果に関係あるんだよ」
ミラは楽しそうに話しながら、ノートの端に魔法陣の簡単な図解を描き加えた。
「魔法っていうのは、世界とのつながりを意識することが大事なの。呪文を唱えることで、世界との“縁”が強まるんだよ。詠唱を加えると、その力がより強く引き出せるし、逆に強く意識出来る人なら、無詠唱で発動することもできるの」
彼女はそう言ってから、俺の方を見てにっこり笑った。
「名前って、重要なんだよ。たとえば物の“本当の名”を知ることができれば、その性質を深く理解できるし、深く繋がる事ができる。アッシュの剣も、きっとそういうものなんだと思う」
俺はその言葉に静かにうなずいた。
確かに、剣の名前がわかったとき、不思議なほどに手に馴染んだ感覚があった。
そういえばネアさんも同じような事を言っていた気がする。
ミラは、目を閉じて静かに息を整える仕草をしてみせた。
「そういう“つながり”を感じるためには、瞑想が大切なんだよ。魔法の修行って、まずは世界と心を通わせるところから始まるの。だから、目を閉じて、静かに世界の声に耳を澄ませるんだ」
──世界と心を通わせる。
メモリアの力が流れ込んでくるあの感覚も、もしかしたら、もっと意識を向けて、向き合わなきゃいけないものなのかもしれない。
ただ力を得るんじゃなくて、ちゃんとそれを「知る」ために──もしかしたら、それが俺のすべきことなのかもしれない。
ミラは、魔法の基本構造や属性の相性、マナの干渉による失敗例などを丁寧に説明してくれた。
実際に自分の使う魔法について、嬉々として語る姿は、生き生きとしていて、まるで昼間のピリついた街の空気が嘘のように感じられた。
やがて講座がひと段落すると、ミラはふとペンを止めて、窓の外を見つめながら口を開いた。
「……でもさ、アッシュの持ってる力って、私たちの魔法とは、ちょっと違う部分もあるよね」
俺は小さくうなずいた。
「ああ……。記憶に触れて、何かを引き出す……あの感覚は、ミラの教えてくれる魔法と似てるところもあるけど、同じってわけじゃない気がするんだ」
視線を少し遠くに向けながら、言葉を探すように続ける。
「なんというか、力が外からじゃなくて……もっと内側から自然に流れ込んでくる感じがあって……」
そこでふっと言葉を切り、息を吐く。
「……うまく説明はできないけど」
「うん。だからね、その違いに気づける事に、意味がある気がするんだ。自分の内に眠る何かを感じるのってとっても重要なことなんだよ」
ミラの瞳が、柔らかく輝いていた。
「さ、今日はここまで!」
ミラが元気よくそう言って両手を伸ばし、ノートをパタンと閉じる。
そして、ふっと力を抜いたように体を伸ばし、
「ふあぁ……そろそろ寝よっか」
と、軽く笑いながら立ち上がった。
「ああ、そうだな」
俺も椅子から立ち上がり、ランタンの火をそっと吹き消す。
部屋は一気に暗闇に包まれ、静寂が満ちていく。
窓の外に広がるサンドールの街も、灯りがまばらに瞬きながら、深い眠りに沈み始めていた。
不気味なほど静かな夜だった。
まるで何かが訪れる前の、張り詰めた静けさのように。
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