第29話 失われた魔法
中央図書館での調査を終えた俺たちは、その足でギルドへと向かった。
目的は、メモリアやフラグメントに関する情報を探すことだ。
──いろんな情報が集まるギルドなら、何か手がかりが見つかるかもしれない。
石造りの街並みを抜け、重厚な門構えの建物の前に辿り着いたとき、ミラが少しだけ緊張した表情を見せた。
「ここが、サンドールのギルド本部だよ。……あ、そうだ。ナビゲーター試験の申請もここでできるんだった」
小さくつぶやき、ミラは一呼吸置いてから俺の方を向いた。
「よし、じゃあまずは受付で聞いてみよっか。アッシュの調べたいことも、分かる範囲で聞いてみるから」
軽く笑って、ミラが先に歩き出す。
建物の中に入ると、独特の張り詰めた空気が肌にまとわりついてくる。
床には真紅の絨毯が敷かれ、掲示板には討伐依頼や注意喚起の張り紙が所狭しと並んでいた。
その中でも、ひときわ目を引いたのは『大聖堂付近への立ち入り制限』と記された通達だった。
ミラが受付に近づき、明るい調子で声をかけた。
「すみません、ナビゲーター試験の件でお伺いしたいんですけどっ」
対応に出たのは、落ち着いた雰囲気の女性職員だった。
最初は定型の対応で、事務的に書類を確認していたが、ミラがさらに話を掘り下げると、彼女はふと周囲を見回してから声を落とした。
「……今は、申し訳ありません。支柱の爆破騒動で、ギルド全体が混乱していて、試験はすべて無期限延期となっています。大聖堂に関わる件で、内部の動きも不安定で……」
「支柱が……破壊されたの……? そんなの、普通じゃ……」
ミラは目を伏せ、少しだけ震えるように息を吐いた。
「……そりゃ、試験どころじゃないよね……」
その言葉には、驚きと不安、そして少しの諦めが滲んでいた。
ミラが納得したように笑ってみせると、女性職員もわずかに表情を緩めたが──背後から上司らしき男性が現れると、即座に背筋を伸ばした。
「ごめんなさいね、今は本当に……」
ミラは小さく頷いてその場を離れた。
「やっぱり、試験は無期限延期だって。どうも大聖堂に関わる支柱の一つが爆破されたみたいで、今は全部止まってるみたい」
俺も周囲に目をやる。
確かに職員たちの様子には余裕がなく、全体的にぴりついた空気が流れていた。
「書庫の利用も、今は許可が出ないってさ」
ミラが肩を落としかけた、そのとき──
「よう。さっきから見た顔だと思ったが……やっぱりお前さんたちか」
懐かしい声が後ろからかかり、俺たちは振り返った。
「……あの時の……!」
そこに立っていたのは、キャラバンで共に旅をしたあの男だった。
ごつごつとした鎧に無精髭、どこか頼りがいのある風貌は忘れようにも忘れられない。
「ライナーだ。あの時は世話になったな」
彼はにやりと笑って右手を差し出してきた。
「あの時はお世話になりました。まさか、ここで再会できるとは思いませんでした」
握手を交わしながら、俺も自然と笑みがこぼれた。
ミラも「おおっ」と小さく声を上げる。
「ここが本職でな。お前たち、確かナビゲーターの試験受けるとか言ってたな。今はダメだったろ? ……街のことなら大抵把握してるつもりだ」
ライナーさんは周囲を気にしつつ、低い声で俺たちに近づいた。
「ギルド内部も騒然としてる。爆破事件は、単なる事故じゃない。どうやら“大聖堂の封印”に関係してるらしい。俺も明日からはそっちの警備に回る予定なんだ」
「封印……?」
俺の問いに、ライナーさんはうなずいた。
「この街の地下には、強力なフラグメントが封印されていてな。その封印支柱の一本が、つい最近、何者かによって破壊されたんだ。あれは……街の根幹を支える“楔”みたいなものだ。だから今、関連情報はほとんどすべて閲覧が制限されてる。今は……部外者を中に入れること自体が、基本的に許されてないんだ」
声をひそめ、ライナーさんはちらりと周囲の視線を気にするように目を走らせた。
ミラが苦い顔をして言った。
「やっぱり、そんな事情が……」
俺はふと思い立ち、口を開いた。
「ねぇ、ライナーさん。書庫に……少しだけでも入れたりしないかな?ちょっと調べたいことがあって……」
ライナーさんは腕を組み、眉をひそめたまま沈黙した。
「今の状況じゃ、まともに通すのは難しい……」
視線を僅かに鋭くしながら、低く問いかける。
「……何を調べたいんだ?」
俺は少し息を詰めた。
「……はっきり説明できるわけじゃないんだけど、旅の途中で気になることがあって……。少しでも手がかりが欲しいんだ」
曖昧な言葉しか出せず、視線を落とすと、ミラがそっと横から口を挟んだ。
「危ないことをしようとしてるわけじゃないの。ただ、少しでも何かを知りたくて……」
ライナーさんはしばらく黙ったまま、腕を組み直し、深く息を吐いた。
「……ふざけんなよって言いたいところだが。……あの時の借りもあるしな」
そして、少しだけ視線を逸らしながら低く続けた。
「……何か事情があるんだろ? だが、俺の監督付きで外縁部だけだ。それ以上は無理だぞ」
俺たちは顔を見合わせ、小さくうなずいた。
あの時借りは返したと言ってくれたが、なんだかんだ力になってくれるいい人だ。
そして、ライナーさんの案内のもと、俺たちは静かに書庫の一角へと足を踏み入れた。
古びた棚が立ち並ぶその空間は、まるで時が止まっているかのような静寂に包まれていた。
薄暗い空間には、古びた紙と革の匂いが染みついており、鼻の奥をくすぐった。
ほこりがわずかに舞い、歩を進めるたびに床板がかすかに軋む音が耳に残る。
壁際には分厚い革張りの書物や、黄ばんだ巻物が丁寧に整列されており、その中にはフラグメントや封印といったキーワードが刻まれているものが多くある。
いくつかの記録書を手に取り、慎重にページをめくると、その内容は断片的で、年代もまちまちだったが、それでも共通して“フラグメントに関する専門的な記述”が散見された。
具体的には、封印術の理論、マナの安定化構造、そして失われた古代魔法にまつわる仮説などが多く記されており、図書館で目にした文献とは情報の深度がまるで違っていた。
なかでも、ひときわ古びた文書に書かれた一節が目を引いた。
──過去、ある時代において「フラグメントに干渉し、浄化や再構築を可能とする魔法体系」が存在していた──
その魔法は、現在のナビゲーターたちの知識体系とは明らかに異なるもので、当時の高位術士のみが扱えたものだとされている。
さらに読み解いていくと、同様の系統に属すると思しき力についても言及されていた。
それは、フラグメントの構造を“読み取り”、“元の形へ導く”ような性質を持ち、一部では『浄化魔法』と呼ばれていたらしい。
その魔法は今では失われ、現代のナビゲーターでも完全には再現できないものとされていた。
ただし、類似魔法として“鑑定系”や“記憶感知”といったスキルが一部に存在しており、限定的ながらフラグメントへの干渉が可能な術式は確認されている。
自分の持つメモリアの力とどこか通じる性質があるように感じられた。
ただし、『メモリア』という単語そのものは一切見当たらなかった。
「……これが限界か」
そうつぶやいたとき、足音が近づいてくる気配を感じた。
視線を上げると、監視員と思しき男がこちらをじろりと見ていた。
「申し訳ないが、立ち入りはここまでだ。今は部外者を中に入れるわけにはいかないんだ」
「わかってる。すまんな」
ライナーさんが軽く肩をすくめながらその場を収め、俺たちは書庫を後にした。
得られた情報はわずかだったが、街の奥に眠る何か──そして、それに近づいているという感覚が、確かにあった。
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