第27話 胸騒ぎの街
ネアさんの姿が街の一角へと消えていったあと、俺たちは改めて足元を見下ろし、小さく息をついた。
キャラバンの仲間たちは散り散りに離れ、街の静けさに溶け込むように消えていく。
その流れに取り残されたような感覚が、胸の奥に残った。
「……さて。宿を探さないとな」
「うん。知ってるところがあるんだ。昔、家族でよく利用してた宿があって……たしか、ここから東に三つ目の路地を曲がった先」
ミラが懐から小さな紙片を取り出して確認すると、俺の前を歩き出した。
足元に響く靴音が、静まり返った街路に妙に響いていた。
街の空気はどこか湿り気を含み、石の匂いに混じって、焦げた油や古い木の匂いが漂ってくる。
張り紙がはためき、街角では兵士たちが警戒の視線を周囲に走らせていた。
誰もが何かを避けるように顔を伏せ、足早に通り過ぎていく。
その全てが、この街に何か異変が起きていることを示しているようだった。
ふと、胸の奥がざわつく。
──ネアさんのあの言葉が原因だろうか。『あんた達とは、また会う気がするよ』。
その意味を問いただすこともできないまま、彼女の姿はもうどこにも見当たらなかった。
ミラが案内した宿は、石造りの二階建てで、看板には『ペルノの灯亭』と彫られていた。
俺たちは短く視線を交わし、扉を開くと古びた木の床が軽く軋み、中年の女性が受付に座ってこちらを見た。
表情は穏やかだが、その目はどこか慎重な光を宿していた。
ミラが一歩前に出て、控えめに声をかけた。
「すみません、お部屋、空いてますか?」
受付の女性は視線を上げ、落ち着いた口調で答える。
「ええ、空き部屋は一つだけですが……」
小さく間を置いて、視線をこちらに向ける。
「一泊で二人分なら、これくらいになりますけど」
そう言って、木製の札を見せる。
提示された金額は、高いのか安いのか俺にはイマイチわからない。
「はい、大丈夫です。それでお願いします」
ミラが笑顔を作り、軽く頷く。
受付の女性もふっと笑みを返し、記帳用の宿帳を差し出した。
「では、お名前をお願いします」
ミラが宿帳に名前を書き込むと、女性は確認しながら鍵を取り出した。
「……ありがとな、ミラ。ほんと助かる」
「うん! だいじょーぶ! 気にしないで」
そう言ってミラが鍵を受け取った。
「お部屋は二階の奥です。それと……夜間の外出は、なるべく控えてくださいね」
その言葉に、ミラがわずかに眉をひそめた。
「……あの、何かあったんですか? なんだか街の空気も……」
受付の女性は少し肩をすくめるようにして、困ったように笑みを浮かべた。
「ええ……詳しいことは分かりませんが、聖堂の関連施設で何か“事故”があったみたいでね。兵士の巡回も増えていますし、皆さんしばらくは外に出ない方がいいと言われています」
「聖堂……?」
俺は無意識に、その言葉を反芻した。
受付の女性は「ご滞在中はお気をつけてくださいね」とだけ言い残し、再び帳簿に視線を戻した。
やり取りはそこで終わり、俺たちは無言で階段を上がっていった。
荷物をまとめ、部屋へ向かうとき、胸の奥に微かなざわめきが残った。
部屋は質素だが清潔で、旅の疲れを癒やすには十分だった。
狭いながらもベッドが二つ置かれており、窓からは石畳の街並みと聖堂の尖塔が見えた。
俺は窓を開け、夜の街を見下ろす。
冷たい風が頬を撫で、遠くに浮かぶ尖塔の影が揺れているように見えた。
その姿は蜃気楼のようで、胸の奥がざわついた。
何かが起きる予感が、根拠もなく脳裏をかすめた。
「大きな街だな。ちょっと迷いそうだ」
そう呟いたとき、ミラが隣のベッドに腰掛けて、膝を抱えるようにして座っていた。
彼女は窓の外を見上げていたが、やがて小さく息をつき、視線をこちらに向ける。
「……やっぱり、落ち着かないね」
その声には、かすかな寂しさが混じっていた。
「なあ、ミラ。サンドールって、どういう街なんだ?」
不意に問いかけると、ミラは笑みを浮かべ、視線を夜の街へ戻した。
「交易都市って呼ばれてるくらいだから、いろんな人が集まる街だよ。坂道が多いから見晴らしのいい場所も多いし、水路やマナリフトを使った運搬もあって、街中を結んでるの。あと、魔鉱石が採れるから、それを目当てに職人や冒険者が集まるんだ」
少しだけ言葉を切り、膝を抱えたまま、ミラは表情を曇らせた。
「……でも、そういう賑わいがある一方で、裏通りにはちょっと物騒な噂もあってね」
ふっと小さく息をつき、ぽつりと呟くように言った。
「前に来たときは、もっと活気があったのに……」
俺は窓の外を見やりながら、静かに思った。
──この街の空気がこれじゃ、ギルドでの情報収集もうまくいかないかもしれないな……
ミラはふっと目を上げ、俺に向かって笑顔を見せた。
「でも、なんとかなるなる! サンドールって、情報が集まりやすい街だから。きっとアッシュのことも、なにか分かると思うよ」
その明るい声に、胸の奥の張り詰めたものが少しだけほどけていく。
「……ありがとな、ミラ」
「うん! 今日は疲れたからゆっくり休もう!」
その短いやり取りが、不思議と深く心に残った。
夜の静けさの中で、窓の外の尖塔を見上げると、それは夜空に溶けるように、静かに、ただそこにあった。
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