第25話 再び、道をゆく
魔物の死骸は、音もなく霧のように溶けていった。
この世界に来て以来、何度目かになる光景。
魔物の身体は土に還るのではなく、霧散するようにして空気中へと消え──マナに戻っていく。
まだ見慣れないその光景には、いつも胸を締めつけられる。
キャラバンのあちこちから、呻き声やかすかな足音が聞こえてくる。
荷台から飛び出していた仲間たちが戻り始め、ミラとナビゲーターが中心になって、それぞれ怪我人に駆け寄って治癒魔法をかけていた。
「傷を見せてください。……大丈夫、すぐ治りますから」
ミラの額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
呼吸もやや乱れ気味だ。
ベールの維持に加えて治癒魔法まで行っているのだから、疲労も大きいはず。
だが彼女は、一切それを表に出さずに淡々と動いていた。
ブロロも、先ほどの戦闘の影響で怯えていたが、落ち着いた手つきで鼻先を撫でてやると、鼻を鳴らしながらゆっくりと目を閉じた。
震えが次第に静まっていく。
「……よし、よし。怖かったね」
ミラが優しく声をかけながら、他の荷台に目を向ける。
ナビゲーターの一人が俺の方を振り返り、小さく息をついて言った。
「……すみません。本来、私たちで何とかするべきところを、ミラさんにまで……」
俺は無言でその言葉に頷いた。
気を抜ける状況ではないが、最悪の事態は免れた。
キャラバンの一部では、荷台の点検や荷物の確認が始まっていた。
損傷こそあれど致命的な被害はない。
倒れていた人々も徐々に立ち上がり、ようやく場に安堵が戻ってきた空気が感じ取れる。
──そんな中、ふと目を向けると、あのフードの女が少し離れた場所に立っていた。
戦闘中と同じく、周囲と交わることもなく、ただ静かに辺りを見渡している。
その鋭い眼差しは、風が落ち着いた今も変わらず、何かを測っているような印象を与えた。
俺はゆっくりと近づき、距離を保ちつつ声をかけた。
「さっきは助けて貰って、ありがとうございました」
女は少しだけ視線をこちらに向けたが、頷くこともせず、静かな声で言った。
「……礼を言われるほどのことじゃないよ。放っておいたら面倒になりそうだったからね」
その言葉は飾らず、誇張もなかった。
ただ事実を述べたような口ぶりだった。
女の視線が、俺の腰にある剣へと移った。
「……さっきの戦い、剣があんたに応えていたように見えた」
静かな口調のまま、彼女はぽつりと呟く。
「もしかしてその剣の名を……知っているのかい?」
唐突な問いかけだった。
だが俺は、なぜかすぐに答えが出た。
「……ラグナ=ヴェント。そう……呼ばれている気がした」
自分でも、不思議だった。
誰に教わったわけでもない。
ただ、そうとしか思えなかった。
女はほんのわずかに反応を見せた。
「……名を知っていると、武器や魔法が“応える”ようになることもある。少なくとも、そう言われてはいるね」
少しだけ視線を逸らして、また戻す。
「名を通じて選ばれる──なんて、どこかの古い文献にあった気もする。……あまり真に受ける話じゃないけど」
その言葉の意味を問いただす前に、彼女はふいと視線を外した。
それ以上、深く詮索するような気配はない。
ただ静かに、何かを確かめるような沈黙がその場を包んでいた。
やがて、あちこちで人の動きが再び活気を帯び始めた。
怪我人の応急処置が終わり、キャラバンの面々は今度は荷台の確認や物資の点検に取りかかっている。
俺もその中に加わって崩れた木箱を拾い上げたり、荷物の整理を行う。
その中で、ナビゲーターたちが再び《ベール》の詠唱を始める。
キャラバンを守る結界をもう一度張り直すためだ。
ミラもその輪に加わり、黙々と魔力を込めていた。
その背中は、疲れの色を隠さずに滲ませながらも、揺るぎなかった。
夕暮れが一層濃くなり、オレンジ色の光が街道を赤く染めながら、その先へと静かに延びていく。
俺は彼女と目を合わせ、小さく頷く。
彼女もまた、静かにうなずき返した。
キャラバンはゆっくりと、再び進み出す。
道中、誰もが口数少なく、周囲を警戒しながらの移動だった。
さきほどの戦闘の記憶がまだ鮮明に残っているのだろう。
だが幸い、それ以上魔物に襲われることはなかった。
警戒の緊張が徐々にほどけ──そして、目指す街の輪郭が見えてきた。
石造りの大きな門。かつてミラが育ったという、街サンドール。
だがその門前には、思いも寄らぬ光景が広がっていた。
馬車や旅人たちが長蛇の列を成し、門前で足止めされている。
兵士たちが門前で大声を張り上げ、検問を行っている様子だ。
「……何か、起きてるな」
隣にいたボーダーの男が、小さく呟いた。
その表情は、どこか焦燥と警戒が入り混じったものだった。
「……いつもは、あんな面倒なチェックなんてしてなかったはずなんだが」
普段を知らない俺でも、それが“普通”ではないとわかった。
キャラバンの足が、また静かに止まった。
夜の気配と共に、街の石門が不気味な静けさで佇んでいた。
何かが、この先で待っている。
そんな予感が、胸の奥をじわりと冷やしていった。
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