第17話 キャラバンとともに
昼過ぎ、南の街道の先に、砂煙を上げながら連なる影が見えた。
村の物見台に立っていた青年が声を上げると、村中がざわめきに包まれた。
キャラバンが来たのだ。
到着したキャラバンは、荷台が五台連なった比較的小規模な隊列だった。
先頭と最後尾は馬に似た生き物が曳いていたが、中央の三台を引いていたのは──見たことのない、妙な姿の動物だった。
背丈は馬より少し高く、象に似た厚みのある胴体。
だが、鼻は短く、代わりに口元の皮膚が柔らかく器用に動く。
耳は垂れていて、ややぼんやりした目をしている。
四本の脚はどっしりと太く、硬い地面を踏みしめても微動だにしない安定感があった。
「……あれは?」
思わず漏らした俺の隣で、ミラが嬉しそうに笑った。
「“ブロロ”っていうの。カワイイでしょ?」
「……カワイイ……?」
思わず言葉を濁してしまった。正直、最初に浮かんだ感想は“ブサイク”だった。
いや、視点を変えれば味がある……のかもしれない。
「この辺りに来るキャラバンは、定期便なんだ。街道沿いを走ることが前提だから、積載量重視でこういう動物が選ばれるの。ブロロは足は遅いけど、その分すっごく力持ちで、重い荷台でも平気で引けるんだよ」
荷台の側面には箱や袋がぎっしりと積まれていた。
干し肉、穀物、塩、布地、工具、薬草、干された魚──見た目から用途の分かる生活物資のほか、旅人が持ち込んだらしい珍しい形の壺や装飾品、そして剣や弓矢の束まである。
「新鮮なものは運べないけどね。ブロロは早くないから。鮮度が重要なものは、別のルートか動物を使うんだ」
キャラバンが村の広場に入ると、そこは即席の市場へと姿を変えた。
その瞬間、熱気が一気に押し寄せたように感じた。
耳に飛び込んでくる売り声、鼻をくすぐる香辛料や獣のにおい。
まるで、昨日までいた村とは別の場所に来たみたいだった。
荷台の周囲に敷かれた布の上には、野菜や果物、薬瓶や道具類が並び、旅人らしき人物が干し肉を焼きながら小銭を集めている。 子どもたちも落ち着かずに広場を走り回り、商人たちは慣れた手つきで次々と品を広げていた。
「キャラバンが来ると、こうやって“市”が開かれるんだよ。村人が買い出しをするだけじゃなくて、村の品も売りに出されるの」
確かに、倉庫から持ち出された籠には、乾燥したハーブや織物が詰められていた。
この村特産のセイバール草も、その中に混じっていた。
村人たちはそれを商人に手渡し、代わりに穀物や硬貨を受け取っている。
「村と街を繋ぐ、物資の流れってやつだな」
俺は思わず、荷台の上に並んだ物をまじまじと見つめる。
壺の形も妙に歪だったし、干し魚の顔がやたらと凶悪に見えた。
「この世界、なんか……全体的にクセが強い……」
ぽつりと漏らしたその一言に、ミラが吹き出した。
「うん。キャラバンって、ただの移動手段じゃないんだ。物も人も、情報も全部運ぶ。……この世界じゃ、キャラバンが通らない土地は、“世界から取り残された場所”ってことでもあるの」
そう話している間にも、広場の一角ではキャラバンの動物たちに水と餌が配られていた。
水桶に顔を突っ込んでぐびぐびと音を立てているブロロたちの姿は、なんとも言えない迫力がある。
「それで、あの人たちがこのキャラバンのボーダーとナビゲーターだと思う」
ミラが指さした先、村長と話している男の姿があった。
革製の腕章をつけ、腰に剣を携えたその男は、他の旅人たちとは明らかに違う雰囲気をまとっていた。
まっすぐに立つ姿勢と、動きを抑えた仕草に、戦いを知る者の静けさがにじむ。
その背後には、似た装備の男女が三人。
うち二人は剣を、もう一人は長杖を背負っており、それぞれの動きや所作から見て、どうやら二人がボーダー、もう二人がナビゲーターらしい。
「一般の人もいるんだな」
俺の目に映ったのは、旅の疲れを癒すように伸びをしている若者、周囲をきょろきょろと見回す中年の夫婦、酒場へ向かって歩いていく男など、さまざまな旅人の姿だった。
「街道とはいえ、境界が近い場所を通るルートもあるからね。一般人が安全に移動したいなら、こうやってキャラバンに帯同するのが一番安心なんだよ」
ミラはそう言って、少し笑う。
「もちろん、タダってわけにはいかないけどね」
物資と人の流れ──それを運ぶキャラバンは、この世界の血流のようなものなのだろう。
「よし、それじゃあ……私たちも、交渉しにいこうか」
ミラが腰を上げる。
村長とのやり取りを終えたらしいボーダーの男が、ふとこちらに視線を向けた。
鋭く、けれど敵意はない。
旅慣れた者の無駄のない目線だ。
ミラは一歩前に出て、意志を込めた表情で歩き出す。
その背中を見ながら、俺も静かに歩を進めた。
広場の隅に設けられた受付では、すでに何人かの旅人が順番を待っていた。
やがて俺たちの番が来て、名前と目的を帳簿に書き込むように言われた。
「えっと……名前、目的……」
いざ書こうとすると、思った以上に手が止まった。
(……あれ? この世界の文字って、どう書くんだっけ)
一瞬、自分の中にある“書き方”と、この世界で見た文字の形が食い違っているような違和感があった。
けれど、深く考える間もなく、自然と手が動き、筆が紙の上を滑っていった。
(……書ける。考えるより先に、身体が覚えてる……?)
「これって、“旅の目的”ってやつだよな……」
「うん。ま、だいたい“フラグメント調査”とか“同行希望”とか、それっぽく書いておけば大丈夫」
ミラがさらさらと迷いなく書いてみせる。
俺も真似して、「同行希望・調査目的」と書き込んでみた。
「……これでいいのか?」
「うんうん、それっぽい。あ、字、けっこう丁寧なんだね」
「いや、なんとなく……クセで」
そんなやりとりを交わしながら、帳簿を提出した俺たちは、ついに旅の列に加わった。
こうして、俺たちの旅が始まった。
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