第16話 小さな旅支度
キャラバンの到着まで、あと一週間──。
それは、世界を巡る旅が始まるまでの静かな猶予だった。
俺とミラは、村の片付けを手伝いながら日々を過ごしていた。
魔物襲撃の傷跡は小さくても確かに残っていて、けれど村人たちはその都度、笑って乗り越えていた。
そんな日々の中で、少しずつ、ミラとの距離と、この世界の輪郭が見えてくる気がした。
―――
「ほら、よく見ててよーっ!」
ミラの手元から放たれた光の玉が、ぱっと広がって宙に弾けた。
夕暮れの広場で、村の子どもたちが歓声を上げる。
「わああっ! すごいすごい!」「今の魔法? 本物?」
「ふふん、どう? ナビゲーター見習いの実力、ってとこかしら!」
胸を張ってどや顔を決めるミラだったが、次の瞬間ふらりとよろめいた。
「ちょっ……あれ? あ、あれれ? ちょっと……魔力、切れたかも……」
「はしゃぎすぎだ」
見かねて俺が手を貸すと、ミラは苦笑しながら座り込んだ。
「でもさ、子どもたちがあんなに喜んでくれたなら、いっか。ちょっとだけ、役に立てた感じしたしね」
その横顔は、少し照れくさそうで、でもどこか誇らしげだった。
無邪気な声に囲まれているミラは、まるでこの村にずっといたかのように馴染んでいた。
――翌日
作業の合間、裏手の森にある古井戸を見に行くよう頼まれて、俺は苔むした石積みの縁に手をかけた。
──その瞬間、何かが胸の奥でかすかに揺れたような気がした。
空気が少しだけ重くなる。
井戸に刻まれた時間のようなものが、皮膚を通して染み込んでくるような感覚。
(結構、古い井戸だな。百年……いや、それ以上か?)
はっきりした根拠はない。
でも、直感のように、どれくらい前に使われていたものか──そんな“感触”がぼんやりと浮かんできた。
「……これは、井戸の“痕跡”?」
明確な記憶が見えるわけじゃない。
ただ、何かが残っている気がする。
ラグナブレードの時のような強烈な共鳴とは違う。
けれど、自分の中にある力が、何かに触れて微かに反応している……そんな感じだった。
「あの夜の感覚を、またどこかで感じることがあれば、もしかしたら……」
自分の力の輪郭が、ほんの少しだけ霧の向こうに見えた気がした。
―――
村での日々は、穏やかに過ぎていった。
そんなある日、倉庫の裏で道具を整理していると、背中から声をかけられた。
「兄ちゃん、ちょっと手を貸してくれんか?」
振り返ると、腰をかがめた年配の男が荷車を押していた。
「この木材、倉庫の外に運びたいんじゃが、どうにも腰がな……」
「わかりました。すぐ運びます」
そう言って俺は木材を肩に担ぎ、荷車に積み込んだ。
男は「助かるのう」と笑った。
「昔はわしも一人で軽々と持てたんじゃがな。兄ちゃん、力もあるし、器用じゃ。どこかで修行してた口か?」
「いえ、そういうわけじゃ……」
運び終えたあと、男はしばらく木材の束を見つめてから、ぽつりと呟いた。
「こうやって村を助けてくれる若いのを見ると、まだまだ捨てたもんじゃないって思えるよ。ありがとな」
その言葉に、なんと返せばいいか迷いながらも、俺は自然と頭を下げていた。
話しているうちに、俺の中のどこかに少しずつ、人の温もりのようなものが染み込んでいくのを感じていた。
それからの日々、破損した柵や倉庫の補修もほとんど終わり、村にはゆっくりと元の落ち着きが戻りつつあった。
作業の合間、俺は村の周囲を歩いたり、ラグナブレードの扱いに慣れるため簡単な素振りを繰り返したりしていた。
ミラは、村の子どもたちに魔法の基礎を見せては歓声を浴び、時に村人の応急治療を手伝っては「大したもんだ」と感心されていた。
―――
そうして、いつの間にか数日が過ぎ──空気がほんの少し、旅の気配を帯び始めた頃。
その夜、俺は屋根の上で空を見上げていた。
昼間の暑さが嘘のように、夜の風は涼しくて心地いい。
「こんなところにいたんだ」
ミラが、軒先から顔を出して声をかけてきた。
「よかったら、一緒にいい?」
「……ああ」
ほどなくして、ミラも隣に腰を下ろした。
二人の間に言葉はなかったが、不思議とその沈黙は心地よかった。
夜空には、無数の星が瞬いている。
この世界の星座は、俺の知るものとはまるで違っていた。
「こうやって見ると、世界は広いなぁって思うんだよね」
ミラが、ぽつりと呟く。
「……知ってるようで、全然知らないことばかりで」
「ミラでも、そう思うのか?」
「うん。私だって、知らないことだらけだよ。……昔の魔法のこと、世界のこと、お父さんのこと、──わかんない事は、いーーーっぱい」
ミラはふと目を細めて、空のどこかを探すように見つめた。
「お父さんもきっと、どこかでこの空を見てるのかな……」
ふっと、夜風に吹かれたミラのポニーテールが揺れた。
「アッシュも、きっと何かに繋がってるはずだよ。この世界のどこかに、ちゃんと答えがあるって」
俺は黙って星空を見上げた。
言葉にはしなかったが、ほんの少しだけ、心の重さが和らいだ気がした。
―――
翌日、村の見張り台に立っていた青年が、遠くに見えるキャラバンの旗を見つけた。
「南の街道から、荷馬車の列が来てます! 規模的にもキャラバンだと思います!」
村にざわめきが広がる。
俺とミラはすぐに支度のために宿へ戻った。
俺は、支度と呼べるような支度ができるか不安だった。
この世界に来た時に持っていたのは、古びた服とこの村で手に入れたラグナブレードだけだ。
金銭もなく、携帯できる荷物もほとんどない。
「とりあえず、これ使って」
ミラが差し出したのは、小ぶりな旅用のバッグだった。
中には簡素な着替え、干し肉と乾パン、水筒、手帳のようなものが詰まっている。
「私が昔使ってた予備のやつ。あとは村の人たちが、少しずつ分けてくれたの」
「……いいのか?」
「もちろん。アッシュは、私の旅の相棒なんだから!」
ミラは、あっけらかんと笑う。
「それに──自分のことを知りたいんでしょ? だったら、ちゃんと準備して、しっかり旅に出よう」
「……ありがとう」
そうして俺は、初めて“旅人”としての形を整えていった。
剣を背負い、小さな荷物を肩にかける。
鏡で見ればきっと、ぎこちない姿だろう。
けれど、それは確かに、ここから始まる歩みだった。
これが俺にとっての初めての旅──過去を知るための、そして未来を選ぶための道のりでもある気がした。
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