第15話 始まりの予感
朝の冷たい空気の中、俺はまだ、昨日剣に触れた時の感覚を引きずっていた。
ココナ村の広場には静かに木槌の音が響いていた。
壊れた木柵の修理、道に散らばった破片の回収、傾いた納屋の柱の補強。
村人たちは少しずつ、確実に元の生活を取り戻そうとしている。
俺もその作業に加わっていた。
斜めに傾いた柱を支え、老職人と一緒に縄を通して仮留めする。
「よし、これでしばらくは持つと思う」
「おお、助かるよ若いの。いやぁ、わしらだけじゃここまで手が回らんかったでのう」
俺は軽く頷きながら、手のひらについた木屑を払った。
昨日の戦いの疲れはまだ残っている。
けど、少し身体を動かすくらいなら問題ない。
──あの魔物が現れた夜、そいつのすぐそばで倒れていた村人がひとりいた。
重傷を負ったその男は、すでに動かなくなっていたらしい。
今朝、村の誰かがぽつりとその死を口にした時、俺は言葉を返せなかった。
救えなかった命。それは、胸の奥に小さな重さを残している。
午前の作業がひと段落し、俺は宿の軒先に腰を下ろした。
持ち出していた剣──《ラグナブレード》を膝の上に置き、改めてその鍔に目をやる。
昨日、これに触れた瞬間に流れ込んできた記憶。
名前も知らない、誰かの想いのようなもの。
それが本当に現実だったのか、未だに確信は持てない。
「……また、それ見てるんだ」
そう声をかけてきたのはミラだった。
両手に皿を持ち、そこには干し肉と少し固そうなパンが載っている。
俺の隣に腰を下ろし、皿を片方差し出してきた。
「はい。作業したあとの軽食タイム、ね。ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「ありがとな」
パンを受け取りながら視線を戻すと、ミラは自然な流れで剣へと目を向けた。
「やっぱり、何かわかるの?」
「……ああ、なんとなく、だけど」
「メモリア……だっけ? アッシュが触れた時、剣が何かを語りかけてくるような感覚があったって言ってたよね」
「それが、魔法なのか何なのかは分からないけどな……」
「うん。でも、少なくとも普通の力じゃないよ。あの剣を手にした後、アッシュの雰囲気が少し変わった気がしたんだ。空気が、少しだけ張り詰めたような……そんな感じ」
俺はふと昨晩の戦いを思い出した。
風を巻き起こす力、傷を癒やす光、そしてあの魔物が放った炎の奔流。
あれらは確かに、俺の知る“自然”とは異質なものだった。
「昨日アタシが使った《ウィンド・ブラスト》とか、あの魔物の炎は“元素系”って呼ばれてるよ。風とか火とか、自然の力を引き出すタイプの魔法」
「他にも色々あるんだろ? 回復とか……」
「うん、神聖系とか精神系とか。実は今、私たちが使ってる魔法って、昔の技術をちょっとだけ引き継いでるだけなんだよね。詳しいことは……正直、アタシもまだ勉強中だけど」
「記憶を読み取るような魔法も……あるかもしれないってことか?」
「うん。アッシュの力がそれに近い何かだったとしても、不思議じゃないと思うよ」
俺は黙ったまま、剣を見つめた。
この力がどこから来て、なぜ俺の中にあるのか。
そしてそれが何のための力なのか。
わからないことばかりだ。
けれど、それを知る必要がある──そんな気がしていた。
「やっぱり一度、街に出た方がいいと思うんだ」
ミラが言った。
真剣というよりは、自然体のまま、けれどしっかりとこちらを見つめている。
「昨日、酒場で言ったよね? ボーダーズギルドに出向いたら、何かわかるかもしれないって。あそこなら、フラグメントや魔法に詳しい人たちがたくさんいるし、資料だってきっと集まる。行ってみる価値はあると思うの」
「……そうだな。俺も、自分のことをもっと知らないといけないと思ってるんだ」
少しだけ前を向くような気持ちでそう答えた時、ふと、引っかかっていた言葉が頭をよぎった。
「そういえば──フラグメントって、なんだ?」
ミラが何度か口にしていた単語。
けれど、その意味はまだ聞いていなかった。
「あっ、そっか。ちゃんと説明してなかったね」
ミラはパンの欠片を指でつまみながら、少し考えるように視線を上に向けた。
「アタシもそんなに詳しくないけど……ざっくり言うと、すごく古い時代の力が結晶になった“遺物”みたいなものかな。アッシュが持ってるその剣も、そのひとつなんだと思う」
「……遺物、か」
「そう。長い時間をかけて、強い想いや記憶がマナと一緒になって、世界中に散らばってるの。ちゃんと形を持ってるものもあるし、目に見えないまま存在してる魔法の断片みたいなのもあるって聞いたことがある」
「境界ってやつも、そうなのか?」
「うん。大昔に大戦があって、その時に世界がバラバラになったんだって。本来あるべきじゃない場所に、力の欠片が飛んじゃったせいで──だから、ああいう不安定な地形や魔物が現れる場所ができたらしいよ」
この剣──ラグナブレード。
触れた時に感じた“記憶”も、そういった過去の力の一端だったということか。
確かに、あの感触は今の時代のものではなかった。
剣の内側に眠っていたのは、もっと古く、もっと重い何かだった。
「だから、ボーダーズギルドっていうのは、そういうフラグメントを集めたり、元あった場所に返したりする役目もあるんだよ。単なる冒険者の集まりってわけじゃないの」
「……なるほど、ギルドってのは重要な役割を担ってるんだな」
俺は小さく呟いて、ラグナブレードの柄にそっと触れた。
この剣が語りかけてきたもの。俺の中に流れ込んできたあの記憶。
「でも──フラグメントって、なんで生まれたんだろうね。誰かが意図して作ったわけでもないのに」
ミラの言葉に、俺はうなずき返すことができなかった。
答えの出ない問い。
それが、この世界の根にあるものなのかもしれない。
ただ──知識が増えても、不安が消えるわけではなかった。
見知らぬ街。見知らぬ世界。
そして、自分自身すら定まらないという現実。
(……本当に、やっていけるのか?)
そんな思考に沈みかけたその時、隣から元気な声が飛び込んできた。
「なんとか、なるなる! 私も一緒についていくから、心配なっしんぐ!」
「……一緒にって。ミラは、ここでの仕事があるんじゃないか?」
「大丈夫。一通り片付けの目処も立ったし、キャラバンが来るまでには全部終わらせる予定だから。それに──」
ミラは少し笑って、照れたように言葉を続ける。
「アタシもそろそろ、ナビゲーターの試験を受けようと思ってたところなんだ」
俺は少しだけ目を見開いて、黙って頷いた。
彼女もまた、何かを目指している。
そう思うと、不思議と胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。
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