悪魔との取引
壮年も終わりに差し掛かったその男性は、それまでの人生のほぼ全てを犠牲にしてついに願いを叶える悪魔を呼び出す方法を見つけ出し、実行に移した。
薄汚れた狭いアパートの一室の中に黒い霧とも煙ともつかないものが充満し、それが晴れると真っ黒な燕尾服を身にまとった人物がいつの間にか部屋の中に出現していた。ヒゲのない顔に得体の知れない笑みが張り付いており、年齢はおろか性別すらもはっきりしなかった。
「お前が悪魔か?」
「はい、その通りでございます。私どもは遥か昔からアナタのような方を相手にお取引をさせて頂いております。尤も、私を呼び出したということはそんなことは今更言われるまでもないことではあると思いますが」
お代も理解しておられるかと、と悪魔は貼り付けた笑顔を崩すことなく淀みなくそう答える。
「どんな願いでも叶えられるのか?」
「お代さえあれば、三つまでなら。アナタは幸運ですよ、取引をごまかし穴を作り貶める悪魔なような者ではなく私のような誠心誠意がモットーである者が担当なのですから」
冗談のようなことを口にして悪魔は笑い声をあげる。
しかし男はその言葉には耳を貸さずに願いを口にした。
「世界最高の女、使い切れない大金、そして健康な長寿だ。さあ、叶えてくれ」
するといままでずっと笑顔でいた悪魔の顔からすっと表情が消えた。そして誠に残念なことですがその願いは受けられません、と言って頭を下げる。
逆上してなぜダメなんだと問い詰めると男に対して悪魔は至極真面目な顔をして答えた。
「そんな願いを叶えてしまったら私が大損をするではないですか。失礼ですがアナタ、自分の魂にそこまでの価値があるとお思いなのですか?」