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貴族になんかなりたくない!  作者: 斉藤加奈子
第二章

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第46話

 王都の貴族街の中心に、そびえ立つ白亜の屋敷。その一室にミリアの部屋が割り当てられていた。ミリアは格調高い家具や調度品に囲まれ、薄く繊細な装飾のティーカップに緊張しながら紅茶を啜る。


 ヴェルサス領の領主城とは違い、ここでは冷遇されることはないものの、使用人は皆無表情でどこか冷たさを感じてしまう。ミリアはどうにも居心地の悪さを感じてしまい、慣れなくてはと自分に言い聞かせた。


 ここはヴェルサス家の所有する王都の邸宅だ。ミリアとジルベスターは昨日の夕刻に到着して、一晩この屋敷で過ごした。ジルベスターは国王に報告があると言って登城していて今は居ない。

貴族が嫌いな(貴族屋敷も苦手である)ミリアがなぜここにいるのかというと、それはヴェルサス領を出発する前のことだった。


 ミリアとジルベスターは、ブルックナー夫妻にどのような手土産を用意しようか相談しながら夕食の時間を過ごしていた。


「ミリア、王都ではヴェルサス家の屋敷に泊まらないか」


 川魚のムニエルにフォークを入れる手を止めて、ジルベスターが言った。


「そうね。お世話になります」


「そうか、嫌か。無理を言ってすまな……え?」


 ジルベスターは信じられないという顔でミリアを見つめる。ミリアは過去にも屋敷に誘われたことがあったが、その時は断った。しかし、ずっと一緒にいると決意したからには、『貴族が嫌い』という理由だけで、ジルベスターの屋敷へ泊ることを拒否したくなかった。


それにヴェルサス領での生活は、ジルベスターがミリアの価値観に合わせてくれているおかげで、自分のやりたいことを存分にやらせてもらっているのである。

惜しみない愛情と、ミリアを尊重して治癒士として生きていく自由、そして素敵な屋敷も与えてくれる彼に、ミリアがしてあげられるのは、貴族である彼に少しだけ歩み寄ることだった。


「私たちは離れないって決めたもの」


「ミリア……必ず君を幸せにする……」


「私はすでに幸せだわ」


「私も幸せだ」


二人の間にデザートより甘い空気が漂う。認識阻害の闇魔法を使っていないのに、給仕をしていたファイの存在は忘れられていた。


「あのー、料理が冷めるんで、早く食べてもらえますか」


 空気を読まないファイの一言で食事を再開する二人。ジルベスターにも遠慮のない物言いをするのが彼女のいいところでもあり、悪いところでもあった。


 ミリアがティーカップをソーサーへ戻したところで、ファイに話しかけられる。


「ミリア様、本日はどうしますか。ご主人様が戻られるのは夕刻になると聞いてますけど」


「今日はお菓子を買いに行きたいの。付き合ってくれるかしら」


「もちろんです!」


 明日はミリアにとって祖父母のような存在の、ブルックナー夫妻にジルベスターを紹介する。そのための手土産となるお菓子を買いに行くつもりだ。二人の好物を思い出しながら、ミリアは出かけるために席を立った。



 手土産は下町で人気のパティスリーでタニアの大好きなチェリーパイを買った。ミリアの腕に下げられたバスケットからは焼き立ての温もりが伝わり、立ち上る甘酸っぱい香りが鼻先をくすぐる。

今すぐ食べてしまいたい衝動に駆られるが、一晩冷ましてしっとりと味がなじんだパイも格別である。楽しみは明日のために取っておいた方がいい。


 ヴェルサス家から借りた馬車を降り、屋敷の中へ入ると玄関ロビーで執事のマーカスがミリアとファイを出迎えた。


「ミリア様、お帰りなさいませ」


 行く手を阻むように、マーカスが二人の正面に立ちはだかる。しかし無表情なので顔からは意図が読み取りずらく、なぜそんな不自然な行動をするのか不可解だった。


「……ただいま戻りました」


「バスケットをお預かりします。ところでミリア様は、最近できたフルーツタルトが評判のカフェは行かれましたか」


「いえ、まだ……」


「ではこの機会に一度行ってみるとよいでしょう。ファイ、案内して差し上げなさい」


 帰って来たばかりだというのに、マーカスは再び外へ出ろと言う。ロビーの奥の方で、使用人が慌ただしくしているがチラリと見えた。


「ミリア様、私もフルーツタルトが食べたいです。是非行きましょう」


ただならぬ雰囲気を感じ取ったファイが言った。ミリアもここは言うことを聞いた方がよさそうだと思い、バスケットをマーカスへ預けた。


「せっかくなので、美味しいフルーツタルトを堪能してきます」


「それが宜しいでしょう」


 ミリアとファイは踵を返し、再び玄関扉を通り抜けようとした。


「お待ちなさい。貴女がミリアですね」


 ぎくりと肩が揺れてミリアの動きが止まる。おそるおそる振り返ると、そこには五十代くらいの少しふっくらとした女性が佇んでいた。

 どのような人物か分からないが、ミリアは姿勢を正す。


「お初にお目にかかります。私、治癒士のミリア・ポーンズと申します」


 ミリアはスカートの裾を摘まみ、軽く膝を折って挨拶をする。


「私はロザンナ様の侍女を務めますエレノア・リーベックです。ロザンナ様が中庭で貴女を待っておられます。付いてきなさい」


 ロザンナと言われても誰なのか分からない。もしや……と思考を巡らすミリアの耳元でファイが「ご主人様のお母様です」とこっそり教えてくれた。

いきなりジルベスターの母親と面会だとか心の準備ができていないが、いずれ挨拶をせねばと思っていたのだ。ミリアは覚悟を決めて、エレノアの後を付いて歩いた。

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