第42話
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ミリアが目を覚ますと、ジルベスターはすでに出発した後だった。
負傷した部分は全て自分の治癒魔法で癒したので痛みはどこにもなく、ジルベスターが安眠できるよう闇魔法をかけてくれたおかげなのか手の震えも治まっていた。
ふと枕元を見ると手紙があることに気が付いた。
『側に付いてやれなくて申し訳ない。護衛にサミュエルを置いていく。
決して無理はしないように。
────ジルベスターより』
たった三行だけの短い手紙。
それだけなのに彼の気遣いや優しさが感じられる。
────なんて優しい人なの。
私にはもったいない人。いつまでも私に縛られてはいけない人よね。
別れる決心…はまだつかないがジルベスターの地方視察の二週間は、彼と距離を置くいい切っ掛けになりそうだった。
その日からミリアは普通に働いた。
むしろ普通以上に働いた。
フェルナンドとユリアにはしばらく休んだほうがいいと言われたが、休むより一日中動き回っていた方が怖かったことを思い出さなくて済むので楽だった。
あの時のことはミリアにとってトラウマとなってしまった。
ふとした時にヘンドリックスに刃を向けられたことや、刃が体を切り裂いた瞬間を思い出してしまい吐き気がして体が震える。
玄関を出て外階段を使うことが怖くなり、玄関から出られなくなってしまった。
しかし玄関を出られなくても内階段を使って職場まで行き来できる。自宅と診療所が繋がっていることがとても有り難かった。
それと常に視界のどこかにサミュエルがいて精神的に助かった。生活に必要な買い物をユリアが手伝い、一歩も外に出ることなく生活することができた。
そのように周囲の助けもあって、ミリアの心は順調に回復していった。
二週間が経ちジルベスターが戻るころにはミリアのトラウマもずいぶん和らいで、サミュエルの護衛があれば買い物くらいはできるようになっていた。相変わらず玄関と外階段を使うことはできないままではあるが。
いつもなら出張から戻るとその日のうちにミリアに会いに来ていたジルベスターだったが、一週間経ってもまだ顔を見せに来ない。
ジルベスターとは別れた方がいいと思っているミリアだが、いざ来るはずの人が来ないと不安になってしまう。
「サミュエル様、閣下はお元気にしていますでしょうか」
ミリアは暗になぜ会いに来てくれないのか聞く。
「ええ、今は大変忙しくしていらっしゃいますが、お元気です」
にこりと微笑んでサミュエルが答えた。彼がそう言うのなら本当に忙しいのだろう。普段から忙しそうなのに疲労回復はかけなくても大丈夫なのかと心配になる。
「そうですか。疲労回復が必要な時はいつでもお越しくださいとお伝え下さい」
こういうとき、「会いに来て」と言えないのも、自分から「会いに行く」と言えないのも辛い。
やはりジルベスターとの付き合いには限界があると感じ始めた。
「ええ、了解しました」
そう答えたサミュエルは、なぜかものすごくいい笑顔だった。
その翌日、サミュエルが忘れず言伝てをしてくれたおかげだろう。ジルベスターが疲労回復のため来院した。
「ミリア、体調はどうだ」
フェルナンドとユリアの目を気にすることなく、ジルベスターはミリアの頬に手を添えて心配そうに顔色を窺う。
診療所へ来た患者としてはおかしな台詞だと思いながらふふふと笑って「もう私は大丈夫」とミリアは答えた。
久しぶりにジルベスターの顔を見ただけでミリアの心の陰りに光が射し込む。やはりこの人は私の心の太陽なんだと、離れがたいものを感じてしまった。
───やっぱり私はこの人が好き。
まだもう少し、この人の側にいたい…。
久しぶりの来院だったが、ジルベスターはよほど忙しかったのか疲労回復だけしてミリアと過ごすことなく帰って行った。帰り際、
「ミリア、待っていてくれ。
必ず迎えに行くから、もうしばらくだけ私を待っていて欲しい」
とジルベスターはミリアの手を取り怖いくらいの真剣な眼差しで訴える。
また出張かな?と思いつつも、
「私のことはお気になさらず」
とだけ言葉を返した。
走り去っていく馬車の中から「必ず、必ず待っていてくれー」と声を張り上げるジルベスターがちょっぴり可愛く見えるミリアだった。
*
ジルベスターは決意した。
ミリアと暮らす屋敷を建てると。
以前から一緒に住みたいとは思っていた。
仕事から帰ると「お帰りなさい」と微笑むミリアがいて、ミリアの手作り料理を食べながらその日にあったことを話し合う。
更にそこには自分に似た子とミリアに似た子がいたらさぞ楽しかろう。
そして子供達に私が整備した領都の街並みや施設を見せてやりたい。
いつしかジルベスターはそのような願望を抱くようになっていた。
しかし急いでことを進めてはミリアは逃げてしまう。じっくりと外堀を埋めて逃げられないように囲い込むつもりだった。
しかし、ジルベスターが二週間領都を離れる隙にミリアの命が狙われた。
治癒魔法が間に合ったとは言え、自分のせいで愛する人を命の危機に晒した。
あんな肝が冷えるような思いは二度としたくない。
ミリアを普段から守れる場所に移さねばと思った。
ジルベスターは地方視察から戻ると早速ミリアと住むための屋敷の建設に着手した。
土地は用意してある。
ミリアが働く診療所とジルベスターが政務を執り行う領主城へ通いやすい距離の場所だ。
ミリアはブルックナー夫妻の住む邸宅に憧れを持っているとサミュエルから聞いたことがあったため、デザインはそれに倣った。
大きさはその邸宅よりふた回り大きな屋敷で、建築家との打ち合わせや建具、家具や調度品、内装、庭、エクステリア、全ての手配と段取りをジルベスター一人で行った。
屋敷で雇う使用人や護衛の人選もジルベスター自ら行った。
ミリアを蔑むような者は徹底的に排除しなければならない。
礼儀作法が多少なっていなくても、ミリアと生まれてくるであろう子供達の快適で安全な生活を心がけてくれる人物を採用した。
普段でも忙しいジルベスターである。その上で屋敷の手配は多忙を極め、睡眠時間を削り、ミリアとの時間を削り、それでも時々診療所へ疲労回復へ赴き、三ヶ月半後。
かなり業者に無理をさせたが、いよいよミリアを囲い込む…訂正。ミリアとジルベスターが平穏に暮らすための屋敷が完成した。
しかしジルベスターは少しばかり不安を覚える。ミリアはあまり高額なものを受け取らない。仮初の関係だったころに贈ったもので充分だと言って一切のドレスや装飾品は受け取らなくなった。
そんなミリアが「君のために建てた」と言って素直にこの屋敷へ移り住んでくれるだろうか。
そもそもジルベスターはミリアの嫌う貴族である。断られたらどうしようかと、今更ながら自信のないことを考えてしまう。
そしてとある方法を思い付く。
───一歩でも屋敷に入れてしまえば、後は逃がさなければよい。
悪い笑みを浮かべるジルベスターだった。




