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アザレアの花

 暗くて、何も見えない空間に私はいるの。


 私は存在しているとちゃんと分かる、だって体の感覚があるんだもん。


 今は体育座りをして何処を見るでもなく俯いている、音も無く、しーんとしている。


 最初は怖くて泣いちゃったの、でも楽しみもあるんだ。それは……あっ、今日もきた。


 扉があるのか分からないけど、まるで向こう側から凄く強いライトに照らされてるんじゃないかと思える眩しい細い縦長の光がスーッとひかったと思うとすぐに暗闇になってしまう。


 その光の隙間から真っ白なリスさんが入ってきた。


 今日はリスさんだ。可愛いなー。


 リスさんは思ったよりもしっぽが長いんだ、それに動きが速いな。

 捕まえようと追いかけても全然捕まらないので座ってリスさんを見ている事にした。私の近くに来てちょこんと動きを止めてこっちを見るから可愛いねと笑いかけると、あっちへ行ってしまった。


 しばらくリスさんを目で追っているとうつらうつら眠くなってきてしまう。『あー、今日はここまでか』眠りにまかせて意識を手放した。




 今日も起きたら暗闇にいる、何日たってるかなんて覚えてない。だって気が付いたら、ここにいたんだもん。


 ここに来てくれるのは動物さん?生き物さん?が多いの。この前は蝶々さんでしょ、その前は犬さん、その前はあれ?覚えてないや。


 今日も縦長の光がスーッとひかりだした。


 ん、あれ?

 今日は生き物さんじゃない。


 人が入ってきた、男の人だ。ちょっと怖いな。顔も服も真っ白で誰だか分からないよ。


 警戒して男の人を見ていると、男の人は体育座りの私に近づいて来る。私の目の前まで来ると、しゃがんで頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。『あれ?もしかしてお父さん?』直感的にそう思った私はニコニコ顔になる。


 立ち上がったお父さんは横を向き左手を私に向けて動かない。


『あぁ、手を繋げって事ね』


 立ち上がり手を繋いだ。何処に行くのだろうとお父さんの顔を見上げる。


 お父さんが頷くと歩きだす。10歩ほど歩いただろうか、お父さんは止まった。


 縦長の光がスーッひかりだしたら暗闇の空間を光が塗りつぶすようにアーチ状の入り口ができた。入り口の先は何も無くて白くて光ってる。お父さんが光の中へ私を連れていこうとする。


「怖いよ、お父さん」


 初めて声が出たのでびっくりしているとお父さんの声が聞こえた。


「大丈夫だよ。行こう」


 やっぱりお父さんだったと安心してお父さんを見上げて返事をする。


「うん、分かった」


 お父さんはしゃがんで私を抱きしめた。


「ごめんね、来るのが遅くなってしまったよ」


 申し訳なさそうなお父さんがすっごく悲しそうにみえた。何故か涙が溢れて止まらない。お父さんは何も悪くないという強い思いを私は伝える。


「ううん、お父さんは悪くないよ、全然悪くない。お父さんは気にすることないよ」


「じゃあね」


 笑顔で頷き、そう言うとお父さんはおっきい手で私の背中に触れる。ぐんと押されて、その勢いのまま私は光の中に飛び出した。


 光の空間に押し出され入ると、まるで私に反応したみたいに空間全体の光度が増し、眩しすぎて目が開けられない。体の感覚だけが残ってる。目を閉じて数秒、足から地面の感覚が無くなり体全体がふわふわと浮いている感じがする。まるで水に浮かんでいるみたい。浮遊感を感じていると、次はすーっと重力で下がっていく感覚、下へ下へと向かっていた体がピタッと止まる。


 目を開けると私はベッドにいた。


 知らない無機質な白い天井、ピーピーという定期的なリズムを刻む機械音。

 男性の「バイタルチェック」という大きい声。ナースと白衣の男性が忙しなく動いている。


 ナースが私の顔を覗き込んできて


「……さん。分かりますか?……さん?」


 と聞いてきたが、泣きながら声にならない声で『お父さん、お父さん』と叫ぶ事しかできない。


 息が苦しい、助けて。

 私に酸素マスクが取り付けられる。

 意識が遠のいて瞼が閉じる。




 半年後。


 私は仕事の昼休みで職場近くにある公園のベンチで自家製のお弁当を食べている。目に入る範囲には木が多く自然が好きな私には、まるで都会のオアシス。ここは人が少なくて落ち着く、お気に入りの場所なのだ。


 お弁当を食べ終えて、お弁当包みでお弁当箱をくるみ、お弁当箱をランチバックに仕舞う。


 食後のコーヒーで一息つく。


 ふと思い浮かべた、私が目を覚ました、あの日の事。


 大学4年になりたての私は、バイトの帰りに交通事故にあった。頭を強く打っていたそうで、昏睡状態だった。先生からはいつ目が覚めるのか、それとも目覚めないままなのか、それは分からないというお話だったそうだ。

 目が覚めないまま2週間がたって家族には暗いムードが漂っていたみたい。そんなある日、毎日お見舞いに来てくれていたお母さんがベッド脇の椅子から立ち上がり帰り支度を始めた頃に、私の心拍数が下がり、呼吸が浅くなって体に繋がれた機械から警告音が鳴り慌ててナースコールを押したそうだ。


 心拍数、呼吸が正常値へ回復傾向にみられた時に私は「お父さん」と言いながら意識を取り戻したが 錯乱状態であったために薬で眠らされてしまった。


 次の日、目が覚めた私にお母さんとお姉ちゃんが泣きながら私に抱きついてくれた。

 それからの私は順調に回復した。検査ばっかりなのはうんざりしたけどトントン拍子に回復して、ついに退院が決まった。


 退院して久しぶりのわが家に安心して病院から持ち帰った手荷物もそのままにソファーに座る。

 お姉ちゃんも横に座ってきた。


結花(ゆか)が本当に元気になって良かったぁ」


 とお姉ちゃんが私を見てそう言ってくれた。


「ありがとね、お姉ちゃん。私も後遺症もなくて、これからは元気に家で過ごせると思うと本当に幸せ」


 キッチンからむぎ茶を持ってきてくれたお母さんがそれぞれの前にむぎ茶を置き、私の向かいに座る。

 諭す様な口調でお母さんが言う。


「安心したからって遊び歩かないでね。しばらくは安静にって先生に言われたでしょ」


「うん。そうだね」


「そういえば結花が初めて目をさましたのって、確か14日だったっけ?」


 思い出そうとしたけど、覚えていないのでお母さんを見る。


「そうね、あの日は14日だったわ」


 お姉ちゃんとお母さんが私を見てくるが何を言おうとしてるのかが分からないので首を傾げる。


「あなたが目を覚ました月の14日はお父さんの命日なのよ」


 はっとした、お父さんの命日だったんだ。


 穏やかで嬉しそうな顔をしたお母さんは続ける。


「多分だけどね、結花の事をお父さんが連れ戻してくれたんじゃないかなって、お母さんはそう思っているの」


 お姉ちゃんもそうそうと言い、話し出す。


「結花もお父さんの事が大好きだったし、お父さんも結花の事を大事に思ってたし、お父さんが結花を助けたって、あり得ない訳じゃないでしょ?」


 と話す2人に私は暗闇での出来事を話すことにした。


 説明し終えるとお母さんが口を開いた。


「不思議な事もあるのね、やっぱりお父さんが助けてくれたんだわ」


「凄い、それめちゃくちゃ貴重な体験だよ」


 とお姉ちゃんは興奮が止まらない様子。


「そうなの。夢かは分からないんだけどお父さんに会えたんだ」


「でもさ、でもさ何で結花は小さい頃の姿に戻ってたんだろうね?」


「私が思うにだけど、お父さんが元気だった頃で一番楽しかったお父さんとの思い出が暗闇の世界に反映されていたんじゃないかなって思うの。それに出てきた白い動物もお父さんが生物学者だからかなって勝手に想像してるんだけどね」


「あー、それあるね。でも結花しかお父さんに会えてないのずるいー」


 とお姉ちゃんが抱きついてきた。ちょっと離れてよーとじゃれあう。


 この日は楽しく家族団欒を楽しんだ。




 次の日、長らく入院していたからか懐かしくも感じるわが家のある場所のドアを開けた。


 古い紙の匂いがする、部屋の正面には使い込まれた木製の引き出しが付いた大きい机と椅子があり、左右の壁には本がぎっしりと詰まった存在感たっぷりの本棚がある。部屋の物は整理や処分はしていない、掃除はたまにお母さんがすると言っていた。


 退院したら真っ先に、ここに来ようと思っていたけれど、昨日は来るタイミングが無かった。もう一度お父さんを感じたくて、こっそりとお父さんの書斎に来ていた。


 まずは机を見てみようかな。近づくと机の上にはお父さんが大切に使っていたお母さんからの贈り物の万年筆が置いてあった。


 次は左の本棚。

 さっと目を通す、題名はあいうえお順で並んでいる訳でもなく、バラバラだった。

 お父さんは整理整頓が苦手な人だったな、なんて本棚を眺めるだけでもお父さんを思い出せる。


 次は右の本棚を見てみる。

 特に探してる本も無いのでぼんやり見ていると懐かしい本を見つけた。


「あっ、懐かしい。お父さんが小学生の時に買ってくれた生き物図鑑だ。捨てないで取ってあったんだ」


 昔、書斎でお父さんの膝に座って図鑑を広げて気になる生き物がいればお父さんに、この生き物は?と質問すれば図鑑よりも楽しい解説をしてくれるお父さんに質問責めをしていたのを思い出す。


『お父さんだーいすき。学校の勉強より、お父さんと図鑑見てる方が楽しいの』


『はっはっは。そうか、お父さんも結花と図鑑を見てるのは楽しいよ。お仕事よりも好きかもしれないな』


『ほんとうにー?じゃあ明日もお父さんと図鑑みるー!お父さんだーいすき!』


『ありがとう。そんなに好きと言ってくれるなんて、お父さん嬉しいな。つい、白いアザレアの花言葉を思い浮かべてしまうよ』


『花ことば?』


『そう。花にはそれぞれ意味がある言葉が付けてある。それが花言葉というんだよ』


『へー、花言葉かぁ。それじゃ、さっきお父さんが言ってた白いアザレアの花言葉はなんて意味なの?』


『うーん、お父さんが自分で言うのは恥ずかしいから大人になったら調べてみると良いよ』


 ニコニコと私に話しかける嬉しそうなお父さんの顔を昨日の事の様に思い出す。


 図鑑のページを捲り思い出に浸っていた。


 満足した私は図鑑を本棚に戻そうとしたその時、ぱさっと白い細長い物が落ちた。

 図鑑を押し込み、落ちたものを見ると『家族へ』と宛てられた手紙だった。


 突然の手紙に驚き、今になってお父さんからの想いを受け取れると思うと視界がぼやけてきた。

 ゆっくりと拾い、お父さんからの手紙を開けた。1枚目はお母さんへ、2枚目はお姉ちゃん宛てに。家族それぞれに想いを綴った手紙の3枚目に結花へとお父さんの文字で書かれていた。


 結花へ


 あなたは、ちょっとした出来事でもくよくよして、よく泣いていましたね


「くよくよしてないし、泣いてないもん」


 でも、本当は強い子だってお父さんは知っています。だから強い子に育って下さいね。いつまでも泣いてばかりだと心配になっておばけになって見に来てしまいますよ。


「…うん。頑張る。…おばけなんて、バカな事言わないでよ」


 お父さんはいつもあなたの味方です、何があってもどんな時も助けに駆け付けます。なんだかヒーローみたいですね。


「…うん。本当に…助けに来てくれたじゃん。…本当に…ヒーローだよ」


 最後にこれだけは言わせてください、あなたが生きていてくれるだけでお父さんは幸せです。親ってそういうものなんです。


「…うん。お父さんのお陰で生きてるよ。……お父さんのお陰で、これからも…生きられるよ。……ありがとね」


 いつもあなたの力になりたいお父さんより。


「…う……うう……お父さん」


 ポタポタと落ちる涙が絨毯に吸い込まれる、手紙を抱き締め、か細い声でゆっくりと何度も、何度もお父さんと繰り返した。




 昼休みの食後のコーヒーを飲みながら、思い浮かべていた。


 退院した次の日に分かった、お父さんからのメッセージ。


 これからどんなに辛くても、どんなに悲しくても、たとえ生きることが嫌になってしまったとしても。


 頑張って生きる事が、私が頑張って生きているのを示す事が、お父さんへ向けての返事になるのだから。


 お父さんからのとても大切な言葉を心に刻み生きていこうと思います。


 そして、私もお父さんに白いアザレアの花言葉を送ろうとおもいます。


 白いアザレアの花言葉は、それは


「あなたに愛されて幸せ」


 ありがとう。お父さん。




 おしまい。

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