ACT7/落花生
「さぁこっからが時間の勝負だ」
古賀はすっと立ち上がり、半分ほど残したおにぎりを裸でポケットに押し込んだ。
「うげぇ~」とマズい顔のエソラを歯牙にも掛けず、手すりに手を掛ける古賀。
彼の背中によって茶髪の方からはよく見えないが、何やら手元を弄っているように見える。
カシャカシャカシャと一見シャッター音とも取れる様な奇妙な音の合間に、ぎちぎちと何かを縛る様な軋みが混ざる。
一体何をするというのだ。古賀の行動は茶髪の好機を煽るには十分すぎた。
彼は思わず腰を上げて、古賀の方へと歩み寄る。
「あ、僕分かっちゃいました。実は銃……や爆弾とかを隠し持っていたとか! ライフルを固定する為にテープを巻いて段差を調整するなんて、聞いたことがありますし。ここから連中を狙撃するんですね」
「弾丸の現地調達はまだしも、流石に素手で襲撃なんてどうかしてますもん!」と一人で納得し、自分に言い聞かせる茶髪。
古賀は口をへの字にして振り返る。
たった1つの表情だが、そこにはあらゆる不満やら呆れやらの感情が詰め込まれていた。
「なわけねぇだろ。狙撃するには高低差があり過ぎる。それにビルを吹っ飛ばしちまったら、どうやって腕取り返すんだ」
グサリと古賀の正論が突き刺さる。
ぐぅの音も出ずに、茶髪は言葉を詰まらせた。
「そもそも俺。狙撃は出来ねぇしな。傭兵はスーパーマンと勘違いして、何でも出来ると思ってる奴。たまにいるから困るわな。友達でも、そういう事言うと嫌われるぞ」
一方で、古賀はチクチクと追い打ちを続けた。
もうKOでいいです、とばかりに茶髪は両手で白旗を上げる。
それを見計らったかのように、彼の両手に何かが投げつけられる。
「え、何すかコレ」
茶髪の手のひらにあるのは軍手であった。
内側にある肉厚なゴムの感触に、表面を覆うの鋼色の鋼鉄。ステンレス製のメッシュ柄がゴリゴリと擦れ合う。どう見ても、白の下地に、表面の黄色い滑り止めのあるTHE・軍手からはかけ離れていた。
まるで金属加工の職人や高所作業者並みの重装備だ。
とは言え彼だって、そんな事は見ればわかる。
『軍手を何に使うのか』を尋ねているのだ。
誰だって脈絡なく、工業用手袋を渡されたら、理由を聞くに決まっている。
しかし古賀は答えない。
更に言うと先ほどから背を向けたまま、振り返りすらしないのだ。
まるで意図的とも取れる程に無視を決めこんでいた。
それに何か意味があるのかと思ったのか。思わず茶髪も黙り込み、それ以上答えの催促をしない。
しかし以後の古賀らの行動は結果的に更に茶髪を困惑させることとなる。
古賀はぐっぐっ腕を引っ張ると、脈絡なく腰を屈めた。
「……?」
するとそれを見計らったかのように、エソラがその背中に飛び乗ったのだ。
「!?」
そして満を持したかのように、満足そうな顔で彼らは振り返った。
それはいわばドヤ顔であろう。
しかしそこは重要なポイントではない。
茶髪は無意識に「あっ」と声を漏らす。
エソラと古賀は、それぞれ両手にメジャーを三つずつ抱えていたのだ。
計12個である。
「まだ分らねぇか?」
古賀の声に呼応して、エソラがバンザイとばかりに両腕を掲げる。
彼らの腕から手すりへと紐が伸びており、その先は二重三重にと固く結ばれていた。
「ま、まさか……」
背筋が凍る思いとはまさにこういう事である。
たったの一言、たったの一動作で、サーッと茶髪の血の気は引いた。
いや待てそんな訳がないと、彼は頭を振る。
彼はどうやら自分の事を試しているらしい。
ココは先程の失敗を返上する覚悟で、正しい答えを述べなければなるまい。
「ナイフや銃器の使用時における血液感染の防止ですね」
「それだけならメジャー関係ねぇ」
茶髪の淡い希望を一笑に付すように、古賀らは手すりから身を躍らせた。
「行ってきまーす!」
と言うエソラの拍子の抜けた声が遠ざかっていった。