ACT4/絶対防壁
しかし、ビル有り、マンション有り、信号、車有りとまでなると。
当然。
異世界も何でもなく、ココは地球なのではないか。
――そう思わせられるのだが、古賀にも残念な事に、
幾ら調べようとも、米国を始め、日中、ドイツと先進国の名前が軒並み見当たらないのだ。
図書館で文献を開こうが、本屋で世界地図を覗こうが、どれを取っても達也の知る地球とは似ても似つかぬソレであった。
結局ココは魔法が存在する、地球に極めて近しい世界と考える他ないのだ。
言わばパラレルワールドの様なものだろうか、古賀からするとまるで未来の世界であった。
「これだけ文明が進んだのに、BTFは実現しないんだな」
文明が地球よりも進んでいるとは言え、車が空を飛ぶことはまだない。
エソラからそう聞かされた達也は、少し残念そうに舌に歯を当てる。
「BTFって何ですか?」
長々と続いた古賀の地の文に、久しぶりに割り込んだのは茶髪。
「ん、あー『時を駆けるくるま』の話だ」
「それは大変興味深いですね!」
茶髪の大げさなリアクションに、古賀は一瞥もくれず。
ポケットに右手を突っ込むと、もう一切れのピザを取り出した。
うげぇ、と苦い顔のエソラを前に、素知らぬ顔で彼は糸くずの付いたそれを頬張る。
一方茶髪は動じずに爛々と目を輝かせている。
「詳しく聞きたいです」
「ある日理科室で、ラベンダーの芳香剤を嗅がされた自動車が、タイムリープ。つまり過去に戻る能力を手に入れるんだ」
「理科室……ほうほう、それで?」
コクコクと頷く茶髪に古賀は続ける。
「あー……最終的にその自動車は『未来で待ってる』って恋人に言われて」
「未来で……ほう。時間移動モノならありそうですね。それで、なんて返事したんですか」
「『すぐいく。走っていく』だったはず。以上」
「ほうほう……へあっ!? ちょっと待ってくださいよ、あまりにスムーズ過ぎて気づきませんでしたが、車の恋人って何ですか。話飛びすぎでしょう!」
詳細を催促する茶髪へ、適当に手のひらを振る古賀。
ぺちゃぺちゃとオリーブの油が飛び散った。
むきーっと怒るエソラをよそに、古賀は横断歩道を曲がる。
古賀が最後の一口を喉奥へ押し込んだと同時に、
そこにトラックが突っ込んだ。
何の伏線もなしに、彼らの元へ唐突に高速の鉄塊が迫る。
「なっ!?」
建物側へ逃げようとした茶髪だが、体勢を崩して思い切り道路に倒れ込んだ。
古賀が彼の襟を掴んで、道路側に引きずり戻したのだ。
一方古賀らも逃げるわけでもなく、右側に棒立ちのエソラと並んでいた。
――頭がおかしいのか!?
茶髪は顔面に驚愕の色を浮かべ、ダラダラと冷たい汗を流す。
彼の顔面には、恐怖を通り越した困惑と、脂汗を含んだ頭髪が張り付いていた。
しかしそれもほんの一瞬の事。
車と彼らのリーチは短く、助走が30m足らずの短距離走。
なんせ時速にしておよそ142㎞。重量にして22トン。
衝突の衝撃は爆弾にも相応するだろう。
事実、粉々に押し潰れてぐしゃぐしゃの塊になった。
『トラック』が。
高速でエソラに衝突したトラックの前面は、クシャクシャに丸めた紙の様に圧縮されていた。
本来であれば、エソラ、古賀、茶髪の順にミンチへと、変えるはずであった殺人マシーン。
それはエソラに触れた時点で、衝撃の全てを一身に引き受けた。
例えるならまるで、研ぎたてのナイフをふかふかのケーキの上に沈めるよう。
スポンジに刃を入れるが如く鮮やかに、数十トンの重金属が切断される。
それら全てを余すところなく、茶髪の男は目の当たりにした。
古賀に差し出された手を掴んで、立ち上がった茶髪の男は、今更思い出したかのように恐る恐る振り返る。
二つに割れたトラックがビルへと突っ込んで、それぞれ炎と煙を吐いている。
搭乗員らの下半身は熟しすぎた桃の様に潰れて、千切れた上半身がフロントガラスに干されていた。
思わず言葉を失って、茶髪は青ざめる。
何より恐ろしかったのは、"逃げた先がその進路であった"という事。
古賀に転ばされなければ、自分までミンチの一部になっていただろう。
最強能力議論の筆頭。
『ありとあらゆる物理攻撃、ありとあらゆる魔法攻撃を無効化する』
つまりは、完全な防御。
"絶対防壁"とは少女エソラの二つ名である。
今日中に上げるので、もしよければご覧ください