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ラプラスの人工天使  作者: 仮称
冒険者試験編
2/8

ACT1/まいど、左手回収屋

「おいおい、こればっかりは幾ら銭金(ゼニガネ)積まれたって我慢ならんだろうよ」



 少年はその年齢に似つかわしくない口調で声を荒げる。

 固く握られたその拳は机に触れると、バシンと音を立てて、2つのアタッシュケースを跳ねさせた。

 ケースの重量は、それぞれ10kg近くあるにも関わらず。



「うっ……」

 だだっぴろい洋室に緊張が走った。

 目前の光景に、壮年の男は顔を引き攣らせる。

 それも当然。

 少年の容姿言動はどれを取っても、外見が持たせる先入観と不釣り合いだった。


 そこで男の脇から、1人の老人が歩み出る。

「申し訳ありません"古賀(こが)さん"」

 老人は、その70は越してそうな年齢にしては、非常に身の丈が高かった。

 180は越していそうな彼の上背を、真っすぐな背筋が更に強調している。


「ですが、あまりウチの若頭を虐めないでやってください」

 柔らかく微笑んだ老人の面貌(めんぼう)(しわ)が刻まれる。

 笑顔による"ソレ"だけでなく、加齢による皴も確かに見て取れる。

 その一方で艶のある白髪に、手入れのされた白い髭。

 整えられた所作は言うまでもなく、何より落ち着いた雰囲気が、一目でただの老人でない事を感じさせる。


 1度でも彼の姿形を目にした者なら。

 例え後ろ姿であれ、何ならシルエットだけでも、彼だと判別できるだろう。



 先程まで大層な剣幕だった古賀と言う少年も、老人の進言を前にして、流石に一呼吸置いた。

 とは言え幾ばくかの興奮は隠しきれていない。


 そうは言ってもよ、と古賀は再び口を開く。

「一流のギャング、そのトップともあろう者がよ。『預かりモン』盗まれといて金で解決しようってのは虫が良すぎるんでねぇの」

「あれは……」

 壮年の男がおずおずと弁明しようとするが、まるで空気の様に遮られる。


「しかも!」

「俺の!」

 熱がこもった声で、古賀が仰々しく左腕を振り上げる。

「左手だぜ!?」

 それは手首より先が欠損していた。

 幾重にも重ねられた包帯により、先端はまるでピンポン玉の様に丸くなっている。


 室内にいる4人の視線が一斉にそこに集まった。


 巻きつけられた包帯から見て取れる通り、古賀は元より隻手(せきしゅ)な訳ではない。

 つい最近。

 言うなれば一週間前に、一発の弾丸により粉砕されたのだ。


「それも対立組織に盗まれるなんて恥ずかしくねぇのか」

「ええ、現金で済むとは思っておりません。ですので、2週間後には我々の方で取り戻しますと……」

「だからそれじゃ遅いん……」

「ですからその間、代替品として人造細胞を用いた義手を使って頂こうという事で、」


 老人は古賀の方へキャッシュケースを押し出す。

「ココに現金を用意いたしたのです」

 互いに食い気味でけん制しあう2人だが、

 結局根負けしたのか、どうにもならないと悟ったのか、古賀の方が先に折れた。


 渋い顔で錠前に指を掛ける古賀。

 一方、老人はにこやかに笑う。

 口角に一層深い皴の谷が現れる。

「お望みとあらば、"それ"でピッタリの義手(モノ)を直ぐにでも用意させます」



 ケースの中身を日本円に直すと……

 それぞれ100万円の束が100つずつ。つまり2億円であった。


 銭、と呼ぶにはあまりに大きすぎる金額。

 思わず古賀も小さく眉を上げる。

「勿論現金として持ち帰られるのも結構です」

 どうせ腕自体は帰ってくるのですからと、老人は再びほほ笑んだ。


 古賀は札束と老人を見比べてから、ニヤリと微笑み返す。

 それ以後は札束には一瞥もくれず、老人達に背を向けた。

「よし、エソラ行くぞ」


 古賀に名前を呼ばれた少女(エソラ)は慌てて、微妙に残っていた紅茶を一気に飲み干す。

 パッチリと赤い瞳が見開かれ、くるくるショートの柔毛が揺れた。

 余程驚いたのか、ピンと棒のように背筋が伸びている。


「ではこちらで義手をお作りしておきますね。事務所でお待ちになりますか? なぁに、午後には仕上がりますよ」

 にこやかな老人に対し、古賀は乱暴にドアを蹴り開ける。

「んなもん要らねーよ。どうせ直ぐにモノホンが帰ってくんだから」

「では、現金も受け取らないと……? それは我々も誠意として困るのですが……」


 そこで古賀は舌を出しながら振り返る。

「バーカ、誰がそんなこと言ったよ。"老人(クオリア)"。そいつは料金の支払いだ」

「何の、、でしょうか」


「人件費だ。1人借りてくぜ。腕くらい自分で取り返してくるわ」

 部屋の外に出ると、古賀は黒服の襟を掴む。

 ドアの前で小銃を構えていた彼もまた、言うまでもなくギャングの一員である。

「え、そんな困ります」



 SPの様な容貌をした黒スーツは、困惑と抵抗を見せるが、老人(クオリア)はニンマリとほほ笑む。

「古賀さん」

「ん? 拒否権は受け付けてねぇぞ。なんせ自営業だから窓口がねぇ」

「いえ、『領収書は必要ですか?』とだけ」


 古賀は振り返らずに、左手を左右に振る。

「ウチには窓口がねぇ」

「そ、そんなぁ!!」と黒服の悲鳴だけがビルにこだました。

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