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でも葵は蓮の服装は覚えていた。
蓮はいつも着ているよれよれのコートを着て、首に焦げ茶色のマフラーを巻いていた。傘は……、どんな傘だったっけ?
「それがどうかしたの?」蓮が言う。
「あの日ね、私、もし蓮さんに会えなかったり、もし会えてきちんと愛の告白ができたとしても、蓮さんがはっきりとした答えを私にくれなかったら、もう蓮さんとは二度と合わないって、心に決めていたんだ」葵は言う。
蓮は黙って葵の話を聞いている。
そんな昔の話を思い出したのは、きっと今が冬で、窓の外に雨が降っていて、それから昨日の夜、娘に「お父さんとお母さんはどうやって恋の告白をして、どうやってお付き合いを始めたの?」と質問されたからかもしれない。
「……でも、蓮さんはちゃんと来てくれた。そして私の告白をきちんと受け取ってくれた」
「だいぶ、時間はかかっちゃったけどね」蓮は言う。
高校時代の告白から、……約三年。
当時は本当に長く感じた月日だったけど、今思うと、奇跡が起こるには短すぎる時間のように、思えなくもない。
葵は窓の外を見る。
……みんな、今頃、どんな生活をしているのかな?
当時のことを思い出して、葵は、大切な人たちのことを回想する。できるだけ、正確に思い出す。
でも、どんなに頑張っても、それらの情報は、記憶はかなり劣化していて正確な映像にはならなかった。
わかるのは、みんなが葵の中で、ちゃんと楽しそうに笑っている、ということだけだった。