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しばらくの間、そうして葵が一人で泣いていると、
「葵」
と、そんな声がした。
葵が顔をあげる。
すると、そこには木野さんが立っていた。
そこには、ずっと葵が探していた木野さんがいた。
「……木野さん」
葵は言った。
それから葵は、木野さんの胸の中にその顔を埋めた。
木野さんは困ったような顔をしていた。
葵の緑色の傘と、木野さんの持っているビニールの傘がぶつかって、少しだけ喧嘩をした。
「木野さん。……木野蓮さん。私と、お付き合いをしてください」
涙を拭ってから、葵は言った。
葵は木野さんにしっかりと抱きしめてもらいたかった。
自分の存在を木野さんにしっかりと受け止めてもらいたかったのだ。
「……葵、僕は」
木野さんはいつものように、はっきりとは返事をしてくれなかった。
木野さんは、きっとこうして、一生、自分にはっきりとした答えをくれないのではないかと葵は思っていた。
それでも葵は自分の気持ちを木野さんに伝えた。
ずっと、ずっと伝え続けていた。
いつか伝わればいいと思って。
いつか、木野さんのところに届いてくれればいいと思って、そうしていた。
でも、そろそろ葵は限界だった。
……恋をすることが、誰かを愛することが、こんなに辛いことだったなんて、……今日まで、立花葵はまったく知らなかった。