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木野さんがいなくなって、葵がバイトを始めた当時のメンバーである、朝陽さん、明日香さん、匠さん、それから少しだけバイトに入った茜さんなど、みんなレストランからいなくなってしまった。
もちろん、今一緒に働いている人たちはすごくいい人たちだけど、葵はそのことに寂しさを感じていた。
変わっていく。
動いていく。
止まっている人はいない。
止まっている世界はない。
当たり前のことなのだけど、そのことがすごく寂しく感じていた。
葵はちょっとだけ泣きそうになった。
……私はいつから、こんなに弱くなったのだろう? そんなことをすごく不思議に思ったりした。
木野さんに会いたいとすごく思った。
私をこの世界につなぎ留めて欲しいと思った。
そうでないと、私は、この世界から消えてしまうのではないかと思った。
葵は食堂を出ると、大学の正門に向かった。
この大学の正門前の中央通りは春、夏には緑が、そして秋には黄色の銀杏の葉で彩られる、生徒にもあるいは近所に住む人たちにもとても人気のある通りだった。
今は冬で、……それに雨が降っているので人の姿はあまりなかった。
その道の途中まで歩いてきたときに、……葵は道の真ん中に立ち止まって、泣いてしまった。なぜ、今、自分が泣いているのか、その理由が葵には全然理解できなかった。
でも涙は止まらなかった。
冬の、冷たい雨の中で、葵は一人、緑色の傘の下で泣き続けていた。