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葵が哲学科の大学院生の部屋を出ると、「あれ、立花さんじゃん」と声をかけられた。
後ろを振り向くと、そこには三田さんがいた。
三田椿さん。
三田さんは、木野さん、水川さんと同じ、哲学科の大橋教授の元で勉強をしている哲学科の大学院生で、いわゆる大橋ゼミの三人の生徒の一人だった。
さっきまで葵が水川さんとお話をしていた部屋がその大橋ゼミの生徒が使用している部屋だった。
「木野に会いに来たの? でも、残念だけど今日は木野はいないよ」と三田さんは言った。
「はい。さっき水川さんにも同じことを言われました」葵は言う。
「ああ、中で杏と話をしてたんだ。まだ勉強しているんだね、杏」三田さんはドアを開けて、部屋の中に入ろうとする。
「じゃあ、またね、立花さん」三田さんは言う。
「あ、あの、三田さん。ちょっと待ってください」
「? なに?」
「このあと、少しお話できませんか?」葵は言う。
「お話? うーん、そうだな、僕も論文書かなきゃいけないんだけど、……まあ論文書くよりも立花さんと話をしているほうが時間の使いかたとして有意義な気がするから、いいよ」と言って、手に持っていた本を葵に見せるようにして、持ち上げた。