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「葵さん。木野さんとお付き合いしてるの?」水川さんが言った。
「え?」葵は驚いて、危なく手に持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「……付き合ってはいませんよ。今のところは」葵は答える。
水川さんが葵を見る。
「木野さんのことが好きなの?」水川さんが言う。
水川さんは真剣な表情をしている。
葵が哲学科の大学院生の部屋に残ったのは、水川さんに、「もしかして水川さん、木野さんのこと、好きなんですか?」と質問する、ためだった。
でも、先に言われてしまった。
葵はなんだかちょっとだけ、負けてしまったような気がした。
「好きです」葵は答える。
葵が木野蓮のことを愛していることは、二人の周囲にいる人物ならほとんどの人が周知の事実だった。
それは葵が木野さんにストレートに思いをぶつけているためで、そんな葵の言動や行動を見ていれば、葵が木野さんのことを大好きなことは、誰の目にも一目瞭然だった。
水川さんはコーヒーカップをテーブルの上におくと、椅子を動かして葵を見る。
「私も」
そして、いつも無表情で滅多に笑わないクールな水川さんはここぞとばかりににっこりと笑って、葵に言った。
それは葵に恋のライバルが、はっきりと出現した瞬間だった。