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東京駅の近くまで来ると、鈴の自転車の前輪がパンクした。
桜は自転車から降りて、走って東京駅の構内を目指した。
「桜ー! 頑張ってねー!!」
そんな桜の後ろ姿に鈴はめいいっぱいの気持ちを込めて、そんな言葉を投げかけた。
桜は走る。
人波をかき分けて桜は、全速力でダッシュする。
そんな桜の目の中に、東京駅から新幹線が発車していく様子が見えた。明るい東京の夜の中で、新幹線がものすごいスピードで桜の元から、遠い場所まで遠ざかっていくのがわかった。
でも、桜は諦めなかった。
もしかしたら、律くんが楓くんを呼び止めてくれたかもしれない。
たとえそうではなかったとしても、お父さんの、鈴の、律くんの、行動を無駄にすることはできない。
私はとにかく、新幹線乗り場まで行かなくてはいけない。
どんなことがあっても、立ち止まることは、できない。
桜はそのまま走り続けた。
小森神社の境内の人波の中を走って、お祭りでにぎわう大勢の人たちを横目に、街の中を鈴の後ろに乗せてもらって、風のように移動して、今は東京駅の近くを全速力で走り続けていた。
桜は走る。
愛しい人の元に向かって、走る。
やがて、桜は東京駅の中に飛び込むように入っていく。
そのまま新幹線乗り場まで走ったまま、移動する。
遠くの人の群衆の中に律くんの姿が小さく見えた。
桜は律くんのところに向かって移動する。
すると、その横には……。
「……桜、大丈夫かな?」と池田鈴は言った。
パンクした自転車を転がしながら、鈴は東京駅の方向に向かってとぼとぼと歩いている。
すると、遠くで、大きな音がして、明るい東京の夜がさらにもう一段階、明るくなった。
鈴が音のしたほうを見る。
するとそこには、巫女の舞と同じく、小森のお祭りの最大の見せ場の一つである花火が打ち上げられているところだった。
その夏の夜空に色とりどりに咲く、大きな花たちを見て、
「花火だ」と鈴は言った。
桜 さくら 終わり