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「わからない」桜は言う。
「それって、きっと好きってことだよ」と鈴は言って笑った。
その日の帰り際に、鈴は「はいって返事をするならいいとして、もし断るなら、私が小町くんにそう伝えてあげようか?」と桜に言った。
「ありがとう。でも、大丈夫だよ」と桜は言って、鈴と手を振って、玄関のところでばいばいをした。
鈴はいつも以上におしゃれをしていた。
きっとこのあと、律くんとデートなのだと、桜は思った。
桜が仕事をして、夜の時間になると、楓から電話がかかってきた。
「え? 帰るの少し早くなるの?」と桜は驚いて楓に言った。
「……うん。お祭りの次の日に帰る予定だったんだけど、両親の仕事の事情で、一日早く東京を離れることになったんだ。友達がいるから、残りたいって言ったんだけど、だめだって言われてさ。だから、お祭りの日に、新幹線で東京を離れることになると思う」楓は言った。
「お祭りの日の夜?」桜は言う。
「うん。お祭りの日の夜」楓は言う。
桜の心臓はなんだかどきどきしていた。
電話を持つ手も、少し震えている。
桜は不安な気持ちになっていた。楓が東京からいなくなってしまうことに。自分と楓が、離れ離れになってしまうことに不安を感じていたのだ。
……これが、好きってことなの? と桜は思った。
小森桜は確かに小町楓のことを、強く思っていた。こんなに誰かを思ったことは初めてだった。それは秋山律に恋をしていたときにも、感じたことのない、強い思いだった。