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小町楓は、中学二年生のときに桜にラブレターを書いてくれた男の子だった。
秋山律が小森桜に手渡そうとした他人名義のラブレターを書いた本人が小町楓だった。その手紙をどうやって渡そうかと悩んでいるときに、律は池田鈴と出会った。
言ってみれば楓の書いたラブレターがみんなの縁をつないでくれたのだ。
そういう意味では楓は律と鈴の恋のキューピットのような存在だった。なんだか私と同じようなことしている、とその話を楓としているときに桜は思った。私と一緒で楓くんも人生損しているのかな? と思ったりもした。
楓は律の友達で幼いころからの知り合いである幼馴染だった。
でも、楓は中学二年のとき、引越しをして今は遠い街で暮らしていた。自然の多く残る場所に住んでいると楓は言った。
楓は夏休みの間、昔住んでいた東京に戻ってきていた。
律くんとも会って、お互いに昔の話をしたり、遊んだりしているということだった。
昨日は懐かしい街を一人で歩いて、そして楓は思い出の場所である、小森神社の前までやってきた。そこで桜とばったり、再会したのだった。
「あれは僕の初恋だったんだ」楓は言った。
桜はアイスコーヒーを飲みながら、楓の話を聞いている。
桜は楓の恋の告白を断っていた。
楓のラブレターを受け取った桜は、きちんと本人に返事がしたいと律くんに告げて、楓を小森神社の鳥居のところに呼び出してもらった。
そこで「ごめんなさい」をして、桜は楓のことをふったのだった。
そのことを、楓と再会するまで、桜はすっかりと忘れていた。
小町楓という名前と、二年前の、中学生のときの当時の面影をうっすらと残した楓の顔を見て、桜はそのときのことをようやく思い出すことができた。
それくらい楓との出会いは桜にとって、あまり印象に残るような出会いではなかった。そのときから桜の目は律くんにばかり向いていたからだ。