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木野は自分の恋の話を、木野と薊の二人の間にあったことを、そこで葵に話すことにした。
誰にも言うつもりのなかった話。
言うべきではない話。
でも、その話を葵に聞いてもらうことで、それがお祓いの代わりになると木野は思ったのだ。
木野の話を葵は真剣な表情で聞いていた。
基本的に、葵は真面目な子、なのだ。
木野は薊との話を、薊という彼女の名前だけは伏せて、あとは全部、正直に葵に話した。その話が終わると、木野は葵に断って、お店の駐車場のときと同じように車から降りて、そこで一人でタバコを一本だけ吸った。
それから木野は車の中に戻った。
「それで、彼女さんと旅行に出かけるっていうのは嘘で、木野さんはこれから、その恋の傷心旅行に一人で出かける、というわけですね」と葵は言った。
「そうだよ。このことは誰にも秘密にしておいてね」と木野が言うと、葵は「わかりました」と元気に返事をした。
「……でも、じゃあ、木野さんがこの間一緒に歩いていた人は誰なんですか?」という葵の質問に木野が「あれは姉貴だよ」と答えると、一瞬だけぽかんとした表情をしたあとで、葵は木野の車の中で、珍しく大きな声で笑った。
それから木野は車を出して葵を家まで送った。
葵は今度はおとなしく家に帰った。
「木野さん」その途中の車の中で葵が言う。
「なに?」
「私、木野さんのこと、待ってますから」
木野は黙って葵の言葉を聞いている。
「私は木野さんのこと、ずっとずっと好きなままですから。さっきのお話の、木野さんの大好きだった女の人のように、誰か他の人と結婚なんてしませんから」葵は言った。
「そんなことはしなくていいよ」木野は言う。
葵は返事をしなかった。
木野もそれ以上、なにも言葉を言わなかった。
葵の家の前でさようならをして、それから車を出したあとにミラーを見ると、葵は道路脇の道に立って、去っていく木野の車をまだじっとその場から見続けていた。