42
二人は木野の住んでいるアパートについた。
木野がアパートで一人暮らしをしてることは、朝陽や明日香は知っていることだったが、葵にはまだ話していないことだった。でも、どうやらその雰囲気から察すると、葵は事前に木野が一人暮らしをていることを知っていたようだった。
「私、男の人の部屋に入るの初めてです」と葵は言った。
「いや、部屋の中にはいかないよ。駐車場までだよ」と木野は言った。すると葵はミラーの中ですごく変な顔をした。
「どうしてですか?」
「どうしてって、当たり前のことだよ」木野は言う。
自分の住んでいるアパートの駐車場まで。ここが今の木野が考えるぎりぎりの二人の境界線だった。
その言葉通りに木野はアパートの駐車場に車を止めて、そこで葵と会話をした。
葵は最初不満そうだったけど、木野の住んでいるアパートを見て、「ここに木野さんが住んでいるんですね」と言って、少しだけ機嫌がよくなった。
木野は葵の勇気と行動力に感心して、それから自分の臆病さと不甲斐なさを、とても情けなく思った。
木野は葵の横顔を見て、それから木野の元から永遠にいなくなってしまった彼女のことを、……薊のことを深く思った。
するとその気配を察したのか、葵はまたお店の駐車場であったばかりのころのような真剣な表情になって木野を見た。
木野は葵に自分の昔の姿を重ねていた。
それと同時に、その姿に、彼女の、薊の姿を重ねて見ていた。
今の葵の姿は、まるであのころの自分たちの二人の思いが、まるで亡霊となって、今の自分のところにやってきたような気がした。
きっと、僕はここで薊との恋のお祓いをしなければならないのだろう、そんなことを木野は思った。