41
このとき、木野は観念した。
とりあえず今日のところは自分の負けだと思った。
葵はもう、意地でも、この席から動かないだろうと思った。
「……ごめん。立花さん。一本だけ、外でタバコを吸ってきてもいいかな?」そう言うと葵はこくんと頷いた。
木野は車を下りて、タバコに火をつけた。銘柄はラークだ。
ラークを吸っている間、木野は頭の中をできるだけ空っぽの状態にしようと思っていた。タバコを吸いたいと思ったのは、対立花葵用の作戦を考えるためではなくて、葵のまっすぐな気持ちに、正直に答えるためだった。
携帯灰皿の中にタバコを捨てて、木野は車の中に戻った。
「お待たせ」木野は言う。
すると葵は「驚きました」と木野に言った。「木野さんってタバコ、吸うんですね?」と葵は言った。「まあ、たまにね」と木野は答えて、車のエンジンをかけた。
「とりあえず、家まで送るよ」と木野が言うと、「嫌です」と葵は言った。
「わかった。じゃあ、僕の家に行こう。ここじゃ、落ち着いて話ができないからね」と木野は言った。木野はさっきから、駐車場のそうじとかの用事で、朝陽や明日香がお店の外に出てくるのではないかと、ずっとひやひやしていた。
「木野さんの家ですか……」と葵は言う。
「わかりました。それなら、いいです」
そう言って、葵はようやく、木野の前でにっこりと笑ってくれた。