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「彼女さんと旅行にいくんですか?」と葵は言った。
「彼女?」木野は言う。
「私、みたんです。少し前に、木野さんがすごく綺麗な女性と街を歩いているところ」とすごく不満そうな顔をして葵は言った。
木野はその言葉を聞いて、ああ、あの日のことか、とすぐにそのことに思い至った。
詳しく説明をしてもいいのだけど、葵は勘違いをしているようなので、その勘違いをそのまま利用させてもらうことにした。
「そうだよ」と木野は言った。
木野蓮と立花葵の運命は、どこにも繋がっていない。交差をしていない。それが木野の考えだった。
立花葵は素敵な少女だった。
木野蓮よりも、もっと若くて、もっと純粋で、もっとまっすぐに葵を愛してくれるような、そんな素敵な少年が世界のどこかで、今も葵のことを待っているはずだと思った。
「それでも構いません。私もいきます」と葵は言った。
葵は本当に真剣な目をしていた。
それから葵は、ぽろぽろとその両目に涙をためて、その場で声をあげずに泣き出してしまった。
木野は焦った。
「とにかく一度、車に乗って」木野は言った。
「……はい」
すると葵はそう言って、すぐに木野の車の助手席に座った。
葵の持っていたボストンバックは、後部座席にしまいこんだ。
木野が運転席に乗り込むと、葵はその両目をハンカチで拭いていた。そして、隣にいる木野の顔を赤い目のまま、じっと見つめた。