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驚いたことに葵は旅行の準備を終えていた。
「こんにちは」と葵はいつもの無表情で木野に言った。
「立花さん。なにしているの?」と、木野は少し呆れたといったような顔をして葵に聞いた。
「木野さんが旅行に行くっていうから、私も一緒に行こうと思ったんです」と葵は言った。
木野は本当にびっくりした。
葵は確かに芯が強くて、なんていうか、こういうときにきちんと行動をするタイプの女性なのだと思ってはいたけれど、こんなにも堂々と、こういったことをすることができて、こういったことを言えるのだと、改めて木野は葵の意志の力に感心した。
まるで、運命を自分の手で強引に捻じ曲げているようにすら、思えた。
それは木野にはできないことであり、またやろうとも決して思わないことだった。運命には逆らわないで、その意志に対して、流れる水のように、ありのままに思い、考え、生きる。
それが木野蓮の目指す、理想の人生の生き方、あるいは自分の未来の理想像だったからだ。
「私は、木野さんのことが好きです」
葵は言った。
木野は、葵の思いに気がついていた。
もちろん100パーセントというわけじゃない。かなりの高い確率で、葵の好きな相手の候補の中に、自分が含まれると思っていた。
そう思ったのは葵が木野の車に自分から乗ったときだった。葵は軽薄な、あるいは常識のない少女ではない。
あのときから、葵は覚悟をしていたのだと木野は薄々気がついていた。
「だから私も旅行にいきます。いいですか?」葵は言う。
「それはだめだよ」と木野は答える。
木野は数日前に薊と別れるときに、自分はもっと大人になるのだと、心に決めたばかりだった。