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「雨ですね」
育が隣に座ると、小道さんがそう言った。
「そうですね」
そう言って育はにっこりと笑った。
「雨を見ると、思い出すことがあるんです」と小道さんは言った。
「……亡くなった奥さんのこと、ですよね」と育は言った。
「そうです」
と小道さんは言った。
それから二人は沈黙した。
二人は黙ったまま、ただ雨の降る庭を見ていた。
「野分育さん」と小道さんは言った。
「はい。なんですか?」と育は言った。
「僕と結婚してください」
「え?」
育は一瞬、自分の耳を疑った。なんだかさっき、小道さんが自分と結婚をしてくださいと言ったような気がした。
でも、それは育の気のせいではなかった。
「今、なんて言いました?」
と確認をして見ると、小道さんは「僕と結婚をしてくれませんか?」と育に言った。
その言葉を聞いて育の顔はその耳まで完全に真っ赤になった。
三年前。
朝顔と紫陽花が行方不明になって、川に流された事件のあった日。そのあと、小道さんが入院した病院の病室で、育は小道さんに愛の告白をした。
その告白を小道さんは受け入れてくれなかった。
でも、育は諦めなかった。
三年の間、ずっと小道さんの周囲につきまとった。(もちろん、常識の範囲での話だ)
そして、自分の愛を小道さんに伝え続けた。
朝顔と紫陽花も育の恋を応援してくれた。
そして、今日、その思いが成熟する日を迎えた、……ということでいいのだろうか?
今年、育は二十歳になり、小道さんは三十五歳になっていた。
二人の年齢差は十五歳あった。
「僕は育さんを絶対に幸せにしてみせます」小道さんは言った。
その言葉を、もちろん、育は受け入れた。
「はい。私は、小道さんと結婚をします」
と育は言った。
それから育は「でも一つだけ教えてください」と小道さんに言った。
「なんですか?」と小道さんは言った。
「どうして今日、なんですか?」
育は言う。
すると小道さんは、少しの間、黙ってから「妻の命日だからです」と育に言った。