101
ピンポーン、と玄関のベルの鳴る音がした。
「はーい」
育はそう言って、縁側から、玄関に移動した。
玄関のドアを開けると、そこには秋葉小道さんがいた。ずっと頭の中で考えていた小道さんの本物の姿を見て、思わず育は一瞬、思考が止まって、そのまま体の動きも止まってしまった。
「こんにちは。野分さん」
そんな育を見て、にっこりと笑って小道さんは言った。
「え? は、はい。……こんにちは」と育は言った。
それから育の顔はだんだんと赤い色に染まっていった。
自分でも、顔が熱くなるのがはっきりとわかった。
育は思わず後ろを向いて、その顔を小道さんから隠してしまった。
「あの?」小道さんの声が聞こえる。
「はい。なにでしょうか?」後ろを振り返ったまま、育は言う。
「鍋を返しに来たんです」
小道さんは言う。
確かに小道さんは鍋を持っていたような気がする。それも育の家の鍋だ。昨日の夜、おでんをたくさん作ったので、そのおそそわけを育は小道さんの家まで、鍋ごと持って行ったのだった。
その鍋を小道さんは返しにきたようだった。
「あれ? 先生がきたの?」
そんな朝顔の声がした。
見ると、朝顔と紫陽花が廊下のところから顔だけを出して、育と、それから玄関のところにいる小道さんのことをじっと興味津々という顔で見つめていた。