第13話 光明院桜を救うには
―盗難、盗撮犯視点―
俺は今日も更衣室に入り、物色開始する。
女子生徒の制服など、宝の山がそこにあった。
「ふひひひひ。おっと、ちょっと落ち着こう」
あまり乱獲しないようにだけ気を付ける。
やりすぎると流石に警察が動き出すだろう。
だからたま~に盗っていくだけだ。
制服や体操着だけじゃなくてもいい。女子生徒が使っている小物だけでもいいのだ。
「ふひひひひひひ」
そして大事なモノを忘れてはいけない。
そう、隠しカメラだ。
「うんうん」
家に帰ってからが楽しみだ。
下着姿になる女子生徒を見るのはとても元気になる。
ちなみに今は本格的な収穫期ではないのでそこまでテンションが上がらない。
「夏が楽しみだぁ」
そう、本格的な収穫期というのは夏である。
夏は水泳の授業の際、下着も脱ぐからだ。
隠しカメラには今よりも更に素晴らしい映像も撮れる。
授業から帰ってくれば夏野菜のような瑞々しさを彼女達は見せてくれるのだ。
「うぅん。けしからん、けしからんぞぉ~」
去年撮った映像の事を思い出してしまった。
1年前の夏。プールの更衣室で隠し撮りした際に映し出された現在の生徒会長、光明院 桜ちゃんの姿。
幼さが残るその顔立ちとは裏腹に、育つところは育っていた。彼女は1年生の頃から見ているが、毎年いい感じで成長をしている。
「そういえば現在2年生の野和 彩香ちゃんや坂江 由梨ちゃんもそこそこ良かったな」
今年もその成長の記録を撮らなくてはならないと胸に誓う。
ちなみに今日はその桜ちゃんの授業の日なので、彼女の制服の匂いはしっかりと嗅いでおいた。
今回は……。お? ジャージの半ズボンを持ってきている子が居るな。
名前は……。ふむふむ、あの可愛い子か。一応この学園の可愛い子は全てチェックをしている。顔と名前を脳内で一致させるなんてお手の物だ。
しかし、半ズボンは使われた形跡はない。
ふむ、予備で持ってきただけか。
ならばあまり価値はないかな。
ふひひ、まぁいい。後小物をチェックしてカメラを回収して出よう。
私は紙袋にお宝の回収をした後、満足気に外へ出た。
----------------------------------
―駿視点―
「ちょっとよろしいですか?」
俺の案内で駆けつけて来た警官が、更衣室から出てきた一人のおっさん。この学校の教員『紫藤』に声を掛けた。
見た目、何の特徴もないような見た目のおっさんである紫藤。
ちょっとメタボでおどおどした感じの教師である。
「え!? な、なんで学校に警察が!?」
紫藤は驚いた様子で後ずさる。
まさか警察が来た事自体知らなかったのか?
「すみません、その紙袋の中身、見せていただくことはできませんでしょうか?」
警官が質問をすると、
「いや、これは……。生徒の個人情報とかもあるんで……」
と、しどろもどろに言い訳をする紫藤。
「おぉい!」
「あ、佐々木さん。こっちです」
佐々木刑事ともう一人の刑事さんが追いついた。
状況は圧倒的に紫藤に不利である。
これで盗難、盗撮の件も解決。光明院 桜さんの案件も終了だ。
もう、ここでは俺の出番は無いかな。
「さて、それではもう一度お願いします。個人情報の事が気になるのでしたら、教頭先生の許可を取ってもいいのですよ?」
紫藤に威圧する刑事さん。
俺は後ろでそれを見ているだけだ。
羽間の時のように不用意に前には出ない。
ふはははは。これが賢いやり方なのだ。
いい加減諦めろ。こっちには警察官が三人もいるんだ。さっさと地獄に落ちるんだなぁ、紫藤!
そう心の中でほくそ笑んでいると、
「キエェェェェェェエエエ!!!」
「うわっ!?」
「グエッ!」
突然紫藤は発狂し、警官の一人を突き飛ばし走り出した。
押し飛ばされた警官はバランスを崩し倒れ、俺はそれに巻き込まれる。
「あっ、待て!」
佐々木刑事ともう一人の警官は追いかける。
「す、すまん!」
押し飛ばされた警官は俺に謝った後、直ぐに立ち上がり紫藤を追いかける。
「いてて……」
俺も起き上がり警官の後を追った。
紫藤の野郎許さねぇ!
安全圏で笑っていた俺に対し、地面へ転ばしやがった!
「……あれ?」
追っている途中で気付いたことだが、俺、必要なくないか?
紫藤は直ぐに追い詰められていた。
追いついた俺は警官達に包囲された紫藤を見つけた。
よぉし、せっかく来たんだ。手錠を掛けられている瞬間を笑って見てあげよう。
「クソォォオ!! チクショォォオオ!!! ウワァァアアアアア!!!」
紫藤は手に持っていた紙袋をやけくそ気味に振り回している。
ははは。必死だなぁ。
「ウググ、ウグゥゥウウウウウ!!!」
ん? 紫藤の様子がなんだかおかしい……。
憤死でもするのか?
「ウガァアアアア!!」
ついには紙袋を警官の一人に投げつけた。
「無駄な抵抗はよ――――グハッ!?」
「「「え?」」」
俺を含め、警官と佐々木刑事は呆気に取られる。
なんと紫藤は紙袋を目くらましに使い、素早く警官の懐に入って殴り飛ばしたのだ。
「なんだ……こいつ!」
佐々木さんも抵抗しようとしたが、紫藤の技の方が早かった。
「ぐっ、ごっ、おっ!!」
佐々木さんは顔や腹に何発も蹴りやパンチを食らわされた。
えっ? えっ? これはどういうこと??
「いい加減に……しろおぉ!」
ここで佐々木さんが紫藤の腕を掴み、一本背負いをした。が、クルッと体を捻らせた紫藤は地面に難なく着地してしまう。
体を捻らせたときにゴキゴキッと、出してはいけないような音が出た気がする。
「ぐあぁああ!!」
佐々木さんはそのまま蹴り飛ばされてしまった。
おいおい、これはかなりヤバイぞ。
「このぉ!!」
最後に残った警官が警棒で抵抗するも、
「うがはぁ!?」
逆に警棒を取り上げられて頭を殴られてしまった。
「ひ、ひぃぃ……」
情けない声が自然と俺の口から出る。
「うわぁあああああああ!」
俺はその場から逃げ出した。
警察官3人を一瞬で倒すなんて、紫藤は武術の達人か何かなのか!?
いや、そもそもここの世界の変態共の強さは異常だ。
ゲーム内では鬼畜主人公は確かに強いという設定はあった。
女子剣道部エースの坂江さんが素手の状態の鬼畜主人公に対し、木刀を持って戦って負けたのだ。
それなりに強いという事は知っていた。
だが、他の連中はどうなんだ!?
羽間もそうだし紫藤も馬鹿みたいに速いし強い。
ヒュンッ。
「??」
何かが俺の横を通り過ぎた。
ズガァアアアアアン!!!
「ひゃぁぁああああああ!!!」
俺の前方で置きっ放しになっていたドラム缶が吹き飛んだ。
その原因は直ぐに分かる。
ドラム缶が吹っ飛んだ近くに、棒状の物が何度も跳ねて転がっている。
警官が使っていた警棒だ。その警棒が俺の横をギリギリで通り過ぎ、ドラム缶に当たったのだ。
あの警棒は紫藤が投げてきたものだと確信する。
ふざけるな! ドラム缶が吹き飛ばせる位の勢いで警棒を投げるってなんなんだよ!
あんなのに当たったら死んでしまう!
こんな訳の分からん世界で死んでたまるか!
「ひぃ、ひぃ! 誰か助けてくれぇ! 助けて下さぁぁぁああい!!」
止まったら絶対に死ぬぞこれ!
俺は渡り廊下に差し掛かる。
見えたのは1階の渡り廊下で中庭へ自由に行き来できる。
2階以上は無い作りで、あくまでも1階から中庭に出る為の通路だ。壁は腰までしかなく、支えは鉄の柱だ。
俺はここを通り過ぎ、更に先にある一般道へと逃げ込もうとしたのだ。
「あっ」
転んだ。
ズザザザザ!
正面から渡り廊下に滑り込んだ。
全身が痛い。
なんで俺がこんな目に……。
すると、俺の頭上を何かが通り過ぎた。
ゴガァアアアアンン!! バギン!!
「えぇぇ……」
振り向くと紫藤が蹴りを放っていた後であった。
俺が居た場所は何も無かったので空振りに終わったが、その横にあった鉄の柱が真っ二つに破壊されていた。
ギギギギギ……。
屋根から変な音が聞こえた。
「ヤバイヤバイ!!」
俺は慌てて渡り廊下から這うように離れる。
柱を失った屋根のあるその渡り廊下は、そのまま紫藤の方向へと崩れ落ちる。
生き埋めになる紫藤。
「あれ? ははっ、……ははは。バーカ、バーカ! ざまぁ!!」
俺は紫藤の失敗を笑い、これはチャンスと俺は携帯を取り出し警察の応援を呼ぼうとする。
バゴン!!
「へ?」
あ、屋根から紫藤の左腕が飛び出てきた。
多分殴って屋根を貫通させたのだろう。
「嘘だろおい!」
化け物かあいつは!?
逃げよう。
そう思って逃走を再開した。
「チュンチュン!」
慌てて逃げると正面から来た小さい何かが俺の横を通り過ぎる。
「すず……め?」
雀が通り過ぎたのだろうか。
今はそんな事を気にしていられないが、後ろから聞こえてきた。
「ギヤァアアア!! 俺の左腕がぁあああああ!!!」
という声が聞こえてきたのは気になった。だが、俺は振り向かない。
あれは紫藤の声だと思う。何かしらダメージを負ってくれたのであれば好都合だ。
ざまぁ見ろ!
「ひぃ、ひぃ!!」
俺はようやく足をもつらせながら学校からの出口に差し掛かる。
後は人ごみに紛れれば……。
そんな事を考えていると、
ポタポタ。
と、何かが頭と鼻先に落ち、目の前に人影が降り立った。
「うわぁ……」
俺は急停止し、固まってしまう。
「グヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
と、俺の頭上をジャンプして何かが正面に立ち、笑い声を上げていた。
「あ……あ、あ……」
俺の正面に立ったのは紫藤だった。
ありえない。どんな跳躍力だよ……。
もう逃げられない。そう感じた。
よく見ると紫藤の左腕が肘から先が無い。ちぎれたような感じだ。
血がボタボタと落ちている。
先ほど頭と鼻先に落ちてきた何かは奴の血だろう。
そして千切れた左腕を咥えている。
なんでそうなったの!?
腕がちぎれた紫藤は笑っており、余計に不気味だった。
「こひょすぅぅ。こひょすぅぅ」
殺す。と言っているのだろうか。
紫藤の右手にはどこからか拾ってきたのか、スコップが握られている。
この世界の元ネタである『強襲転校生』というクソゲーを勧めてくれた友人が言ってたっけ? スコップは主力武器になったことがあるって。
当時は興味ないからあんまりよく聞いてなかったけど、その意味がよく分かる気がするよ。
あんなのに殴られたら死ぬ。確実に死ぬ!
「尾野君、伏せて!!」
「え?」
俺は振り向いた拍子に脱力して倒れるように座り込む。
すると、
ドォーーーン!!
という破裂音が聞こえた。
「ひゃぁ!」
あまりの大きな破裂音に俺はビビってしまう。
「あぁぁ……」
そして俺は安堵感に包まれた。
俺の後ろには拳銃を構えた佐々木刑事と警官2人が居たのだ。皆、無事だったんだね!
ついでに教師の何人かの姿が見える。
「グォォォオオオ!! 死ねぇええええ!!」
だが、紫藤は生きているようだ。
どうやらスコップを持った右手を撃ったらしい。
右手からどす黒い血が流れている。
あれ? なんかあの血、黒すぎない?
ドンドンドン!!
続けざまに3発の射撃音が聞こえる。
「ギグガガガガガ!!!」
それでもスコップを拾って紫藤はこちらに歩いてくる。
お前はゾンビですか!?
「ひぃ、ひぃ!」
俺は慌てて這って逃げる。
ドーーーン!!
「ギャッ!」
バタッ。
紫藤から短い断末魔が聞こえた後、倒れる音がした。
「あ……」
振り向くと紫藤は倒れていた。
死んだ……のか?
「大丈夫か!? 尾野君!」
佐々木刑事が駆け寄ってきてくれる。
俺はガクガクと首を縦に振ることしかできなかった。
もう吐きそうだし泣きそうである。
結局俺は佐々木刑事と一緒に居た男性教師に支えられ、職員会議室に戻ることになる。
「尾野君!!」
真っ先に三田川さんが駆けつけてくれた。
「さっきの音は何? 大丈夫なの!? 怪我は!」
そして、必死になって俺を心配してくれる三田川さんの気持ちが切っ掛けになった。
俺は感情を爆発させてしまったのだ。
安心してからの……。生きていて良かったという気持ちだ。
だから、
「う"わ"ぁぁああああん!! 怖がっだぁあああああ」
俺は三田川さんに抱きつき大泣きした。
24歳会社員。男。
恥じらいも無く年下の女の子に泣きついたのはこれが初めてだった。
「よ、よしよし。大丈夫。大丈夫……」
戸惑いながらも頭を撫でてくれる三田川さんの手が妙に心地よかった―――――。
「チュン! チュン! チュン!」
何故だろう。
窓の外から聞こえた雀の鳴き声が妙に耳に残った。