第1話 ゲームの中の世界へ
俺の名前は『尾野 駿』、年齢は24歳。性別男。
中小企業の商社に就職し、2年目。
まだまだこれからという年齢かもしれないが、最近この現実世界に面白みを感じられなくなってしまっている。
今日は残業が無かった為、ちょっと寄り道をした後に帰る予定だ。
帰り道のPCゲームショップで、高校時代の友人から良作だとお勧めされたゲームを手に取る。
タイトルは『強襲転校生』。18禁のゲームだ。所謂アダルトゲームである。
現実が嫌だからといってゲームの世界に没頭するって、俺の人生これでいいのかなぁ……。
いやいや。これも勉強の一つ。そう心に言い聞かせ、手に取ったゲームのパッケージを眺める。
「うーん。俺が苦手なジャンルらしいけど……」
本当にこれが良作なのであろうかと疑問に思いつつ、
「これ、やったほうが良い。絶対最後感動するから!」
と、強くお勧めしてくる友人を信じることにしてそのゲームを買って帰った。
自宅に帰り早速プレイしてみる。
明日から四連休であるため、みっちりプレイすることが可能だ。
四連休まるまる全てをゲームに費やすのはどうかと思ったが、他にやる事がないので良しとしよう。
彼女もいないし、近場の友人達もあいつに勧められて『強襲転校生』をこの連休中にやり込むようだし。
「さてと、PCにインストールして……」
こうして俺はこのゲームをプレイする事になった。
四連休最後の日。
家から一歩も出ずに没頭してやっていたので、この短い期間で終わらすことができた。
そして、このゲームを勧めてきた友人に感想を言う為、電話をかける。
「<おっす! どうだった? あのゲーム。今どこら辺?>」
友人は直ぐに電話に出た。
「終わったよ。全部クリアした」
このゲームはヒロインごとのルートというものが存在しない。
選択肢によってバッドエンドかトゥルーエンドに分かれるぐらいだ。
「<もうやり終わったのか。早いなぁ。で、どうだった? 最高だっただろ?>」
ゲームをプレイした感想を是非教えて欲しいと言っていた友人は、電話越しでも分かる位ウキウキしているようだ。
だが、彼には残念なお知らせをしなくてはいけない。
「……いいや。最低だったね」
「<――――えっ!?>」
俺が正直な感想を告げると、向こうは驚いた様子だった。
これでも表現は選んだのだ。
だけど、俺にはこれ以上の評価は出ない。
本当にこのゲームをプレイした結果の俺の評価は最低だったのだ。
「<ちょっと待ってくれ。そんなはずは……。タイトルあってるよな??>」
2とか3とか外伝は出ていないはずだ。これを買った店で先月発売の棚にあったからな。
俺がタイトルを告げると、
「<あ、合ってるな……>」
と、小さい声で友人は呟いた。
「<でも、なんで!? いや、どうしてそんな感想に! いったい何処が気に入らなかったんだ!?>」
友人は混乱した様子でそう聞いてくる。
むしろ俺は友人がなぜこんなものを勧めてきたのかという方が気になる。
先に俺は友人の問いに対し、正直に答えるようにした。
「俺、NTR系や無理矢理ってのは嫌いだって言ったよな?」
「<お、おう。それはしっかりと覚えているよ>」
俺の苦手なジャンルは覚えているらしい。
ならば、尚更何故勧めてきたかと思ってしまう。
「あのな? このゲーム、俺が嫌いなジャンルのNTR系じゃん!」
そう、友人が進めてきたのは正に俺が嫌いなジャンルだった。
ヒロイン達が次々と様々な悪党達に酷い目に遭わされる。
さらに、主人公もクソ野郎で、出てくるモブ悪党と同等以上の下劣な行為をヒロイン達に行っていくのだ。
だから本当に友人が、なぜ俺にこのゲームを紹介したのかわからないのだ。
「パッケージはハートフルな絵柄なのになんで内容がこんな……」
そう。パッケージは女の子達が笑い合う平和な絵が描かれていた。
詐欺じゃないのか? これ。
「『いきなり始まるラブストーリー』って書いてあるけど、完全に一人の主人公が自分でそう言ってるか洗脳しているだけじゃん!!」
典型的な勘違い君であり、女の子達を脅して自分の女にしているだけである。
「<で、でも最後に罪がばれそうになった主人公を女の子達が協力して助けたじゃないかぁ>」
「そりゃぁ洗脳しているからな……」
「<うぅぅ……。せっかく駿が同志になるかと思ったのに……>」
それは無理な話である。
今回最後までやり通したのは、せっかく買ったからだ。それにもしかしたらなぜ主人公がこんな悪事を働いたのか理由が明かされるかも。と思ったからだ。
理由? なんのことはない。ただ主人公は女の子を傷つけるのが趣味なゲス野郎なだけだった。
「それじゃぁ俺はもう寝る。また何かいいのがあったら教えてくれ。あ、勿論俺が好きなジャンルな」
彼のおすすめを再度信じようとするのは俺の甘さだろうか?
そう社交辞令を言って俺は通話ボタンを切り、睡眠に入った。
あーあ。明日はまた仕事か。
何もかも嫌になっちまったよ……。
もっと刺激的な生活をしたいなぁ……。そうだな、強襲転校生のヒロイン達可愛かったから、もしあの世界の中にでも入ったら鬼畜ハーレムじゃなくて、ヒロイン達を酷い目に遭わせるあの鬼畜主人公達をボコボコにして改めてヒロイン達と純愛ハーレムを体験してみたい。
……ははっ、そんな力は俺にはないから、ゲーム特有のご都合主義にでも頼らなきゃいかんがな……。
何時間経っただろうか。
「ふぅ、よく寝た」
目が覚めた俺はベッドから起き上がる。
よく寝たと思ったのはすごく頭がスッキリとしていた為だ。
「ん~! さて……」
背伸びをして、現在の時刻を確認しようと時計に手を伸ばす―――が、そこには時計は無かった。
「あれ?」
不思議に思い、周りを見回す。
そこはクリーム色のカーテンに周囲を遮られたベッドであった。
「え?」
一瞬思い当たったのは病院。
慌ててベッドの頭上を確認するが、ナースコール用のボタンも無ければ自分のネームプレートも無い。
ここは病院ではないのか?
かかっていた布団から出て自分の履物を探そうとする。と、何故か俺はジャージを着ていた。
こんな色のジャージは持っていなかったはず。だけど最近どこかで見たような色とデザインだ。
とにかくここから離れよう。そう思ってベッドの下を見ると、
「あったあった」
履物を見つけた。その履物には何故か自分の名前が書いてあった。
それだけでも不自然であるが、その靴はどう見ても学校で使うような上履きだ。
「俺ので合ってる……よな?」
本当に自分の靴か名前を確かめてみるが、左右の靴には両方とも俺のフルネームが書かれていた。
ガサッ。
カーテンを開けてみると、そこはやはり見覚えの無い部屋であったが、この部屋がどういう部屋なのかは一目で分かった。
「あら? 尾野君、気が付いた?」
その部屋は明らかに保健室であり、目の前に居る眼鏡をかけた若い女性の白衣を着た人物は保健医であった。
「えっと、俺は……」
なぜここに居るのか。
そう聞こうとすると、先生が先に答えてくれた。
「覚えてないの? あなた、3限目の体育の授業で貧血で倒れたんじゃない」
そんなの覚えていない。
そもそも体育の授業って何だ?
俺はもう24歳で就職までしているんだぞ?
何を言っているんだコイツは。
「大丈夫?」
心配そうにそう言ってくる保健医。
「え? あ、はい……」
一瞬俺はタイムスリップをして過去の世界に戻ってきたのではないかと考えた。
中学か? 高校か? 大学か? または小学生か? しかしどこもこんなデザインの保健室は無かった気がする。
体の大きさ。声の低さ。そして着ている服装からから見て中学3年か高校生辺り。
だが、目の前に居る先生は俺が通っていた中学と高校の保健室の先生とは違うと思う。
「本当に大丈夫? このまま帰るなら、そう手続きするけど」
ジト目で聞いてくる先生。
「い、いえ。大丈夫です。ありがとうございました!!」
俺はそう言って慌てて部屋から出ようとする。
保健室なんて殆ど来た事無かったので、記憶が無いだけかもしれない。
だから部屋から出ればここが何処だか分かるはずだ。
そう思ったのだ。
「あ、ちょっと待って。欠席証明出すから」
先生はそう言ってさらさらとB5用紙に何かを書き、それをハサミで半分に切って渡してくれた。
紙には先生の名前と思われるものと、俺の名前が書かれている。
「あ、はい。どうも。ありがとうございました」
俺はそう礼を言い、一緒に渡された制服に着替えて保健室を出て廊下を歩く。
こんな制服着たことないんだよなぁ。
「本当にここは何処なんだよ……!」
彷徨いながらこの校舎の情報を探っていく。が、
「俺が通っていた中学でも高校でもない……」
ついでに言うが、小学校でも大学でもない。
全く見覚えのない校舎であった。
「どうすりゃいいんだ?」
保健室の先生が書いてくれた欠席証明の紙には、
『2年B組尾野駿』
という名前が記入されていた。
これで自分が所属する学年とクラスは把握できた。
だが、この用紙に小さく書かれていた学校名を見た瞬間愕然とした。
「『清高学園』……だと?」
俺はこの学園を知っている。
「そんな……馬鹿な」
そしてここはタイムスリップした俺の過去なんかでは無いことを理解した。
「どうして……」
この学校の名前は俺が嫌悪したゲーム。『強襲転校生』というゲーム内で主人公やヒロイン達が通っていた学校の学名前だった。
どうやら俺はゲームの世界に入り込んでしまったらしい。
は? なんで? どうしてこんなことになった?
これは夢の中なのか?
夢の中ならばちょっとは楽しみたいが、これが現実ならばパニックになるよりも先に、状況を把握し原因を探した方がいいだろう。
これは最近よくある異世界転生とか異世界転移もののような状況か?
ゲームの世界に入り込むという設定の作品も沢山あることは知っているが、まさか自分が体験することになるとは思わなかった!
ヤバイヤバイ。どうすればいい……。
よぉし、落ち着け俺。やればできる―――――。
――――もしかして、寝る前に強襲転校生の世界に入ったらなんてことを考えていたから願いが叶っちまったのか??
だとしたら……あはは。本当にゲームのヒロイン達を攻略してハーレムができるんじゃないか?
つまり本当に退屈な世界とおさらばできて、刺激ある日常を過ごすことができる。
「……くははっ」
ははは。最高じゃぁないか!
だけど……現実世界というか、元の世界に居た両親達とはもう二度と会うことができないかもしれないな。
……それは結構ショックだな。
この世界で楽しむか。元の世界に戻れないかもしれないことを嘆くか……。
どうすればいい? 俺はどうしたらいい?
俺はふらつきながらゲームの記憶、マップ情報を頼りに校舎を進み、2年B組の教室へとたどり着く。
教室に入ると、歴史の授業の最中であった。
「おぉ、尾野か。もう大丈夫なのか? 体育の授業中に倒れたって聞いたぞ?」
授業をしていた知らない先生が俺に気付き、声をかけてくれた。
どうやらここで合っているようだ。
クラスの殆どの者が俺の方を見たから俺は驚いて一歩後ろへ下がってしまう。
「あ、はい。大丈夫です……」
本当は全く大丈夫ではない。
今にも叫び出しそうな自分を必死に抑えて俺はそう言って自分の席を探す。
空いている所は一つしかなかった。
俺は真っ直ぐその席に移動する。
大丈夫だよな? 間違えてないよな?
「……尾野ぉ」
先生に呼び止められる。
心臓がヒヤっとした。
「え?」
「証明書くれぇ」
歴史の先生はそう言って俺の手にしている紙を見ながら腕を伸ばしている。
あぁ、そうか。保健室の先生から貰ったんだったな……。
「おう。んじゃ席に戻って良いぞ」
証明書を渡した後、俺は自分の席へと戻る。
机の中を確かめて自分の名前の教科書がある事が分かり、少しホッとする。
歴史の授業の教科書とノート、筆記用具を机や横にかけてあった鞄から探し当て、机の上に並べる。
俺はその後、目の前のゲームのキャラクターであろう歴史の先生の授業なんて頭に入らず、自分が現在置かれている状況を整理しながら過ごした。
まず俺はゲームの中に居ると思われる。
このゲームは恐らく『強襲転校生』と呼ばれるクソゲーである。
教室の連中は一部の奴等の髪の色がヤバい。
茶色もいれば青とか赤の奴がいる。
絶対校則に引っ掛かるだろう……。
そして更にヤバい事を発見してしまう。
「(うわぁぁぁ。ハーレムしようと思ったけどできねぇじゃん!)」
先ほど赤い髪をした奴が居る事を発見したが、こいつは『強襲転校生』の主人公『神命 成一』だ。
発見ってか、俺の前の席に居るんだけどね。
このゲームの主人公であるが、強姦や脅迫などを重ねる極悪人である。
ゲーム内でヒロイン達を次々に襲い、脅したり洗脳して無理やり自分のものにしていくような奴だ。
ここの学校では前に居た学校で免許を取ったという設定で、唯一バイクを乗り回している。
そのおかげでこいつの行動範囲は広いし、その分ヒロイン以外にも被害を被る女性達が多い。
これではっきりした事が一つ。そう。俺はこのクソゲーの主人公に憑依したわけではない。このクソゲーの中のモブになってしまったらしいのだ。
よりにもよってモブかよ!!
俺の本名でもあるが、ゲームの中には尾野 駿なんて登場人物は居なかった。
やはり俺はメインキャストではなくモブの一人である事は間違いないだろう。
そして問題は今現在、今日この日はゲーム内でいうところの"いつ"なのか?という事だ。
確認を早くする必要はある。
理由はここがゲームの世界だと仮定して、ヒロイン達に関わることがあるのだ。
このクラスにもヒロインが二人居る。
一人は黒髪三つ編み眼鏡の委員長ちゃんこと『野和 彩香』。
もう一人は茶髪の短いポニーテールの元気の塊、剣道女子『坂江 由梨』。
既に主人公が転校してきて二日目以降であると委員長ちゃんが悲惨な目にあった後である。
黒板には日付が書かれていた。
おぉ、書いてある日付が正しければ安心だが……。もし日直が直し忘れていた場合は意味が無い。
他の方法で確認したい……。
気をヤキモキしながら授業が終わったタイミングで、携帯電話を探してみる。
この学校は携帯電話持込OKであることは知っている。
だってゲーム内で散々持っている学生を見てきたから。
日付を確認してホッとする。
やはり今日は主人公が転校してきて初日のようだ。5月20日。この日はゲーム開始の日である。
と、なると主人公は放課後動くはずだ。
ヒロインの一人。最初の被害者『野和 彩香』を襲うために。
どうする?
ヒロイン達を助けるべきか……。
迷う。
そして、同時にこのゲームの世界で楽しもうと思っていたのに、それは気分的にも絶対無理だと理解した瞬間。俺はもう元の世界に戻る為の方法を考えていた。
何がエロゲーの世界に入り込んだから俺も女の子とイチャイチャできるだ。
教室に入る前まで浅はかな考えをしていた俺を殴りたい。
授業中俺は悩みまくった。
そして、一つの結論を出す。
とりあえず、ここがゲームの世界であればこれから起きる事件を放ってはおけない気がする。
この世界から脱出するのであればゲームをクリアするという事も重要かもしれないが、このゲームのクリアは胸糞が悪すぎる。
どうなるかは分からないが、試してみるか……。
俺は転校初日でチヤホヤされて笑顔を浮かべている主人公を横目で見ながら、どうすればいいかという作戦を考える事にした。
放課後。
ついにこの時間がやって来た。
作戦を実行するべく、外に出ようとする。が、
「おう、駿。一緒に帰ろうぜ!」
うおっ。なんだコイツ?
誰だか知らない男子生徒が俺に声をかけてきたぞ。友人か?
ゲーム内でも出てこなかったはずだ。俺と同じモブキャラだろう。
「わ、悪い。ちょっとまた具合悪くてな。先に帰るわ」
「おぉ! そうか。お大事になぁ」
そう言って誰だか知らない男子生徒は俺を見送ってくれた。
時間は無い。
直ぐにあの場所に行かなくては……。