9
なんと、今作品が今までの拙作のなかで最高記録だった「魔法騎士は花を愛でたい」の総合ポイントを超えていました!
これもひとえに読んで下さる読者さまのおかげです。本当にありがとうございます!!
今日は調べ物をしようと思って、私は図書館に来ていた。
王都の国立図書館はこの国で一番規模が大きく蔵書冊数も膨大だ。子ども向けの絵本からあらゆる方面の専門書まで様々なものが揃っている。私は昔からこの図書館が好きだった。人と関わらなくても色々なことが知れるから。
所狭しと建ち並ぶ書架の本の山の中から目的のものを探し出すと、私はその数冊を抱えていそいそと閲覧用の席へと向かった。机に置いたそれをよく見ると、そのうち1冊の本の上側には埃が積もっていた。こんなものを借りる人など誰もいないのだろう。私はその埃を手で軽く払うと、席に座って中身の確認を始めた。
最初に手に取った分厚い本は焦げ茶色の皮表紙で、金色の文字で年号と【貴族年鑑】の文字が記載されている。それは、今から19年ほど前の昔の我が国の貴族年鑑だった。19年前、それはつまりは前世の私がこの世を去った少し前のものだ。
私はその古い貴族年鑑を開くと、ア行から順番に家名を確認していった。
一番最初に辿り着いたのはクランプ候爵家だった。これは前世のアニエスの実家だ。
貴族年鑑によると、クランプ一族はこの国の建国以来ずっと国を支えてきた候爵家であり、政治的な影響力も強い。アニエスは第18代クランプ侯爵の長女としてこの世に生を受けている。19年前の貴族年鑑では当時17歳。上に歳の離れた兄がおり、これは私の甦った記憶とも一致している。
次に見つけたのはゴーランド伯爵家だった。今はバレット侯爵夫人であるスフィアさまのご実家だ。
ゴーランド一族は元々は子爵家であり、有力な商家だったようだ。それが、隣国との戦争の際に上質な鉄鉱石を大量に国に無償提供した功績で伯爵位を賜っていた。これが今から100年ほど前のこと。
ゴーランド伯爵の領地は鉄鉱石などの鉱石の産地であり、それがゴーランド家の主な収入源になっている。スフィアさまの名前の横には△の印が付いており、これは庶子を意味していた。
スフィアさまの上に2人の兄がおり、その2人は印がないので正妻の子供のようだ。スフィアさまは当時15歳となっており、これも私の記憶と一致した。
パラパラとめくってゆき、その次に見つけたのはバレット侯爵家だ。バレット侯爵家はエドウィンさまとスフィアさま、ウィルの一族だ。
バレット侯爵家はクランプ侯爵家の東側の隣に領地を持っている。その領地はガラスの原料である珪砂が採れるほか、ゴーランド伯爵領同様に鉄鉱石の産地としても知られている。バレット侯爵領ではそれらの鉱石を加工して製品を作り出し、加工製品を売ることで多くの領地収入を得ているようだ。エドウィンさまは当時18歳で、他に兄弟姉妹はおらず一人息子となっていた。
最後に辿り着いたのは先日ウィルと伴に夜会にお招き頂いたマンセル伯爵家だった。
マンセル伯爵家は王都の南方の湿原地帯とそれに沿った山岳地帯を領地に持っている。この領地では鉄鉱石などは産出しない代わりに、鴨や山羊が多く生息しているほかに様々なフルーツの産地としても有名なようだ。中でも突出しているのがブルーベリーなどのベリー系作物である。
19年前の当時の家族構成はマンセル伯爵夫妻に長男のアーロン18歳、長女のナタリー13歳、次男のステファン3歳となっていた。
私は貴族年鑑から顔を上げるとマンセル伯爵家の夜会に招待された日のことを思い返した。
マンセル伯爵は貴族年鑑に当時38歳と記載されているので、逆算すると今は57歳だ。同様に逆算するとご嫡男のステファンさまはまだ22歳、栗色の髪と瞳をした柔らかい印象の青年だった。
私が見た肖像画には、若かりしマンセル伯爵夫妻と伴にステファンさまを少し幼くしたような男性が微笑んでいる姿が描かれていた。きっとそれが亡くなった長男のアーロンさまなのだろう。
『アニエス。僕を信じて』
あの日、私には確かにそう聞こえた。肖像画を見た瞬間に頭に響くような懐かしい、優しい声が甦った。そして、それと同時に身を切られるような切なさを感じた。
僕を信じて、とは一体どういう意味なの?
私に何を信じて欲しいの?
あの言葉は前世の私にアーロンさまが言ったのだろうか。まさか当時20歳以上年上のマンセル伯爵や、まだ喋れるか喋れないかという年齢のステファンさまが言ったと言うことは考えにくいだろう。
今のところ、私の過去の記憶にはアーロンさまは出て来ていない。アーロンさまとアニエスは知り合いだった?それはどういう関係だったのだろう。思い出しそうで思い出せないけれど、とても大切なことのような気がしてならない。
私はしばらく思考の奥深くに入り込んだが、やはりわからなかった。きっと重要な部分で記憶が戻っていないのだろう。
そこで、気持ちを切り替えるために私は探し出してきた別の2冊の本に手を伸ばした。1冊はこの国の神話、もう1冊は美術品の解説書だ。
私は以前にも読んだことのある、この世界に古くから伝わる神話を読み返した。
神話によると、この世界には大聖堂の祭壇の前に奉られる最高神と最高神に遣える10柱の神々がいる。そして、この神々がこの世の全てを司っているという。
そのうちの1柱はあのフレスコ画の女神であり、彼女は人々の生死と転生を司っている。『来世への審判』とは、生前の人の行いやその人の来世への希望を勘案して彼女が転生先を決める儀式とされていた。
そして、彼女には多くの眷属がいる。『導き手』と呼ばれる眷属は通称天使や神使とも呼ばれる。ある対象の人の生前の行いを客観的に女神に報せる役目のほか、転生した人が迷子になっているときに本来行くべき方向に軌道修正させる役目を負うと記されていた。
最後に私は美術品の解説書を読んだ。
かのフレスコ画は大聖堂が建設された80年ほど前に描かれており、女神による『来世への審判』の様子を描いた作品だ。中央に佇む女神はこの世界の最高神に遣える1柱、跪く少女は一つの生を終えて次の生に向かう人間だと解説されていた。女神に手を差しのべて微笑むのは少女の『導き手』であり、今まさに女神は少女の転生先を決めて彼にその魂の行く手を託そうとしている。
そして、上から様子を窺う男の人は少女のことを心配している少女と親しい人間の『導き手』が様子を覗いに来ているとされていた。
フレスコ画の解説を読み終えた私は本から顔を上げた。
なぜ私はこんなにもあのフレスコ画に引っかかりを覚えるのだろう。もしこの神話が真実であるならば、かつて自分も受けたであろう『来世への審判』。私はそこで来世に何を望んだのだろうか。
『君はそれじゃあ満足出来ない』
金髪金眼の男の声が再び私の脳裏に甦る。あの男は・・・
私は読み終えた本をパタンと閉じると、私を待つために別の本を読んで時間を潰していた侍女のカテリーナに声を掛けた。
「カテリーナ。そろそろお屋敷に戻りましょう」
カテリーナは最近流行している恋愛小説を読んでおり、かなり熱中していたようで私に声をかけられて大慌てしていた。ちょっと悪いことをしてしまったかしら。
私達が図書館から外に出ると、真っ先に目に入った空は夕焼けに赤く染まってとても美しかった。
え?なぜ貴族年鑑がア行からかって??
それは、この異世界の文字は50音順だからです!
だって、異世界ですから・・・