メッセージはクッキーで 1
後日談です。
その日、久しぶりに実家であるディルハム伯爵邸に遊びに行った私はテーブルの上に置かれた見慣れないクッキーに目を奪われた。薄っぺらいクッキーをくるりと丸めた不思議な形のクッキーは、端から紙切れが少しのぞいている。
まさか、異物混入かしら?
一つ摘まみ上げてよく観察したけれども、やっぱり紙が挟まっているように見えた。しかも、その状態のものが一つでは無く、置かれたクッキーの複数から紙が飛び出ているのだ。
もしかして、紙を食べるのかしら?
紙って食べられる物なの??
しばらく観察したけれどもちっともこれはと言う正解が思いつかない。私は早々に諦めてお父さまに聞くことにした。
「お父さま。こちらのクッキーは紙が挟まっているように見えますわ。これはなんですの?」
私が一つそのクッキーを手に載せてお父さまにお聞きすると、お父さまはそれを見て「あぁ」と微笑んだ。
「それは遠い外国のクッキーなんだ。領地の港の輸入品をサンプルで一袋貰ったんだよ。珍しいだろう?クッキーの中にメッセージが書いてあるそうだ」
「メッセージが?」
手に載っているクッキーに視線を落とす。クッキーを丸めた隙間には紙が挟まっているのが見えた。クッキーを2つに割ってそれを指でつまみ出すと、破かないように慎重に広げた。紙には見慣れない文字で何かが書かれていた。一度も見たことが無い文字よ。
「なんて書いてあるのかしら?読めないわ」
「ははっ。遠い外国の文字だからね」
眉を寄せる私の様子を見てお父さまは愉しそうに声を上げて笑う。せっかくメッセージが書いてあるのに読めないのでは意味が無いわ。ふて腐れた私はその時、良いことを思い付いた。
「これ、自分で作ればいいんじゃないかしら?」
私、クッキー作りは意外と得意なのよ。ウィルも私の作るクッキーはとても美味しいと言ってくれるもの。
「確かにクッキーをその形に作って中に紙切れを入れるだけだから、カンナにだったら作れるかもしれないね」
お父さまも笑顔で頷いて下さったので、私のやる気は急上昇した。屋敷に戻ったらクッキー作りをしましょう。ウィルも私の作るクッキーが大好きだから、きっと喜んでくれるはずだわ。
バレット侯爵邸に戻った私はその日の夜、早速ウィルに今日見たクッキーの話をした。
「こんな風に丸くてね、中に紙が入ってるのよ。私も作ってみようと思って」
私はクッキーの形を指で丸く作ってウィルに見せる。ウィルはいつものように、にこにこしながら話を聞いていた。
「へぇ、面白いね。楽しみだな。中の紙の内容はカンナが書くの?」
中の紙の内容と言われてハッとした。そうよね、紙に内容を書かないとあの外国のクッキーみたいにはならないわ。なんて書こうかしら・・・
「一人で書くと内容が全部判っててつまらないだろう?僕も書くよ」
「本当?」
「ああ、一緒に書こうか。屋敷の使用人達にも書いて貰おう。でも内容は秘密だ」
ウィルはいたずらっ子のように目をキラキラさせて微笑んだ。そして、私達のクッキー用のメッセージ作りが始まったのよ。
私はさっそくカテリーナにお願いして紙を用意して貰った。それを小さく鋏で切り、帯状にしてゆく。そこに各々がメッセージを書き込むのだ。けれども、いざ書こうとして私は難題にぶつかった。
「このメッセージって難しいわ。誰が読むのかがわからないもの」
占い師でも無い私には誰がこのメッセージを読むのかを予知することは難しい。誰にでも当てはまること、例えば『こんにちは!』とかならかけるけど、流石にそれではつまらないわよね。
「そうだね。じゃあ、自分がされたら嬉しいこととか、言われたら嬉しいことを書けばいいんじゃない?」
「例えば?」
「うーん、そうだな。『好きな人に花を贈りましょう。仲が深まります』とかはどう?」
ウィルは天井を眺めながら考えるようにそう言った。そうか、そういう風に書けば良いのね!私は確かにウィルから花を贈られるといつも大喜びするわ。だって、嬉しいんだもの。ウィルの言葉は私にとって目から鱗が落ちるようだった。
「すごい、ウィル!その台詞は頂くわ」
私はスラスラとその文章を帯に書いてゆく。それをくるくると巻いてクッキーに入れられる大きさまで小さくした。
「えっと、『いつも隣りにいる人にありがとうを伝えましょう』なんてどうかしら?」
一つ書くと帯に書くアイデアが次々と浮かんできた。早速帯に書き込んでゆく。
「いいね。でもカンナ、僕に教えちゃったら皆で書いてる意味が無いよ」
「そうね。これからは秘密だわ。屋敷の皆にも秘密だわ」
私達は笑い合うと、お互いテーブルに向かい帯作りに勤しんだ。
♢♢♢
オーブンからはぷーんと良い匂いがしてくる。私はプレゼントの箱を開けるようなわくわくした気分で中を確認した。
「すごい!出来たわ!!」
「本当に。お上手ですわ」
私とカテリーナはオーブンを開けて歓声を上げた。試行錯誤で作った占いクッキーは見事にそれらしき形に仕上がっている。ちょっと不格好だけれども、初めて作ったのだから上出来だと思うの。
恐る恐るクッキーを2つに割ると、中にはくるりと巻かれた紙片が入っていた。紙が燃えてしまうのではと心配していた私はそれを見てホッとする。中を開くと文字が綴られていた。
『大切な人とお散歩に行くと気分転換になります』
私は書いた覚えのない文章だから、きっとウィルか屋敷の使用人が書いたものよね。大好きな人──それはもちろんウィルだわ──とお散歩に行く。
確かにそれはとっても素敵だわ、と私は目を輝かせた。
最近、バレット候爵家の当主であるエドウィンさまは妻のスフィアさまと領地に留まっていることが多い。なんでも、慈善活動に熱心に取り組んでいるとか。
ウィルはその代わりとしてバレット商会の代表として仕事を一手に引き受け、候爵家の当主としての仕事も徐々に増やしている。引継ぎ作業のため領地と王都を往復することも多くてとても忙しい。
ウィルとゆっくりとお散歩したのなんてもう一ヶ月位前だわ。
「ウィルは私とお散歩してくれるかしら?」
「もちろんですわ。今日、旦那様がお帰りになったらお誘いしてみてはどうでしょう?」
忙しいウィルの時間をとるのが申し訳ない気がしてしまい、及び腰の私に対して、カテリーナはにっこりと微笑んで勇気付けてくれた。
「うん、そうしてみるわ。カテリーナはなんて書いてあったの?」
「私はこれですわ」
カテリーナは手のひらの小さな紙切れを広げる。私はそれを覗き込んだ。その小さな紙切れには『本を読むと気分転換になりますよ』と書かれていた。これも私が書いたものでは無いわ。
確かに本は気分転換になるわ。冒険物語はわくわくするし、旅行記なら自分が旅しているような気分に、恋愛小説ならまるで自分がヒロインになったかのような気分になる。
「今夜は久しぶりにゆっくりと本を読むことにしますわ」
カテリーナは楽しそうに笑い、紙切れをポケットへとしまった。
その後、私とカテリーナはメッセージ作りを手伝ってくれた使用人達一人一人にクッキーを配って回った。皆、わくわくとした気分でクッキーを開いて中を覗き込んでいる。
書いてある内容も本当に様々だったわ。『今日もお疲れ様』だったり、『今夜はシチューが食べたいね』なんて言うのもあった。その日、バレット候爵家はクッキーの中のメッセージで大盛り上がりだったわ。




