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通い慣れた大聖堂が、なぜだか今日は特別の場所に見えた。石造りのため日の光があまり入らずいつもは薄暗い祭壇も、今日は白く輝いている。
「カンナがあるときから急に将来は修道院に行くなんて言い張り始めたから、父さんは心配で心配で……。あの日、お前に恨まれようともと心を鬼にして騙し討ちで舞踏会に行かせて正解だったよ。ウィルとお前なら上手くいくと思ってた」
花嫁衣装に身を包んだ私を目にしたお父さまは目に少しだけ涙を浮かべた。
思い返せば、何年にも亘る私の頑なな態度でお父さまとお母さまには本当にご迷惑とご心配をかけた。
あの当時、幼稚な私はあの態度こそが自分がまわりに迷惑をかけないための最善の方法だと思い込んでいた。お父さまとお母さまからすれば、ある日を境に娘が突然修道院に行くと言い張り始めて引き篭もりになり、本当に身を削るような思いだっただろう。
私の変化に誰よりも喜んでくれたのはお父さまとお母さま、そして弟とカテリーナだった。私が一番愛し、また、私を一番愛してくれている人達を、私は結果的には一番心配させていた。それに気付かないほど、私は頑固で幼かったのだ。
「本当にご迷惑をおかけしました。お父さま、私を見捨てずにいて下さりありがとうございます」
泣きそうになった顔を隠すために私が少し俯くと、お父さまは「可愛い娘を見捨てるものか。子の幸せは親の幸せでもあるんだ」と微笑んで、小さな頃のように私を抱きしめた。
久しぶりに抱きしめられたお父さまの体はウィルより少し小柄だったけれど、お父さまの抱擁は今も昔も変わらずに私に安心感を与えてくれる。
今日これから、私とウィルの挙式が行われる。
社交界デビューしたあの日から早2年近い月日が流れ、私は20歳、ウィルは18歳になった。大聖堂には私達の門出を祝おうと多くの親族、知人、友人達が集まってくれている。
お父さまにエスコートされて大聖堂の祭壇への道に立った時、全ては美しく色付いていた。歩きなれた白い石貼りのその通路は光り輝く星の道のように煌めき、両脇と天井に描かれた神々とその眷属達の姿も今日は自分を祝福してくれているような気がした。
バレット侯爵家でティーカップが割れたその時に灰色に暗転した私の世界は、いつの間にかこんなにも多くの色彩と光に溢れて眩しいほどに美しい。
足を踏み出そうと顔を上げたその時、最近ずっと会えずにいた彼の人影を見つけて私は息をのんだ。
「君は本来なら僕には会わない方が良いんだ。それは君が道を迷っていると言うことだから」
「ガイド……」
一歩こちらに近づいた彼は、私を見下ろして金の双眸を柔らかく細めた。
「君に呼ばれても、もう僕は君の前に現れないだろう」
じゃあ、今世でガイドに会うのはこれが最後だってこと?意地悪だけど、彼は言葉通り、いつも私の味方でいてくれた。今までの事が走馬灯のように思い出されて、私はこぼれ落ちそうになる涙を必死に堪えた。
「今までありがとう」
泣き顔を隠すために俯いた私は掠れた声でそう呟いたけれど、彼はいつものようにどういたしまして、とは言ってくれない。コツンとおでこを小突かれて私が顔をあげると、ガイドは時折見せたちょっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「次に会うときは、君を迎えに来るときだよ。ずっと先の未来の筈だ」
ガイドは一歩下がり、私の前に道を空けた。お父さまに促された私は一歩足を踏み出す。
祭壇の前には最愛の人が笑顔で立っている。
差し出されたウィルの手をとると、彼は「必ず幸せにするよ」と微笑んだ。
「私もあなたを必ず幸せにします」
笑顔ではっきりと告げたその言葉に、ウィルは端整な顔をくしゃりと崩して満面の笑みを浮かべた。
アニエスも今の私も望むことは一つだけ。
あなたを愛し、愛され、ともに幸せになりたい。この願いはきっと来世も変わらないだろう。
私はもう一度、私を愛して支えてくれた全ての人たちに「ありがとう」と心の中で呟いた。
「おめでとう、カンナ。またいつか」
耳元で優しく囁く声がした。
私達の未来はこれから始まる。
前世の罪と今世の罰 ー完ー
最後までお付き合い頂きありがとうございました!




