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 その日、大聖堂を訪れて祈りを捧げ終えた私はフレスコ画の前で「ガイド!」と呼びかけた。ガイドはとても気まぐれな導き手で、私が呼んでも来てくれる日と来てくれない日がある。そして、ここ半年は全く来てくれない。


 今日は来てくれるだろうか。私が不安に思っていると、何事も無かったように目の前に金髪金眼の美しい男が現れて「呼んだ?」と私に尋ねた。


「ええ、呼んだわ」


「なに?」


「教えて欲しいことがあるの。ガイドはフロリーヌさまの審判には立ち会った?」


「フロリーヌ?」


 ガイドは少し考えるように間を置いて、「ああ、立ち会ったよ」と言った。

「彼女のことが気になるなら、自分で見に行ったらいい」


「自分で見に行く?」


「ああ、もう転生してるよ。彼女の願いは平凡な幸せだった」


 そして、ガイドは王都からそれなりに離れたとある場所を告げて、今日もあっさりと姿を消した。

 私は慌ててメモしたその住所を見返した。これってハイそうですかと気軽に見に行ける距離じゃ無いわよ??近況を知っているなら少しくらい教えてくれればいいのに、わざわざ自分で見に行けだなんて、相変わらずガイドはちょっぴり意地悪だわ。

  

 私はふぅっと息を吐くと大聖堂を後にした。空は今日もいつもと変わりなく青く澄んでいる。




 バレット侯爵邸でユリアさまが全てを明らかにしたあの日から既に半年近く経っていた。この半年の間、私のまわりはそれはそれは怒濤のような日々だった。


 まず、シエラ夫人はあの日王都警備隊に拘束されてそのまま裁判までの仮収容所に連行された。


 シエラ夫人の率いるフローレンス商会の扱っている商品にはかなりの割合で違法なものが交じっており、シエラ夫人が捕まったとわかると自分は騙されて商品を横領されたのだと訴え出る人が多数現れた。

 ユリアさまから横流しされていた鉄鉱石はフローレンス商会で独自に精製をしてバレット侯爵領製の商標を無断で刻印していた。これは贋作製造にあたりれっきとした犯罪だ。

 彼女は更に、私に対する傷害と拉致監禁未遂、ユリアさまと故フロリーヌさまに対する恐喝罪にも問われている。

 

 そして、今回の事件を知ったクランプ侯爵家の命により、アニエスが死ぬきっかけとなったあの日の事件がもう一度洗い直された。その再捜査の結末は私の想像を遥かに超えていた。アニエス達が勘違いしたあの日の金髪の女性が名乗り出て証言したのだ。

 元花の嬢であるその女性は驚くべき事に、あの髪飾りはあの当日にルシエラ本人から手渡されてアーロンさまに暗がりで迫るように金で依頼されたのだと証言した。つまり、ルシエラは一度フロリーヌさまの名前で質入れした髪飾りをすぐに買い戻していたのだ。

 そして、最初からあれがスフィアさまで無いことをわかった上でアニエスの怒りを煽ってスフィアさまを傷つけるように仕向け、アニエスをどん底に堕とそうと企てたのだ。


 この事実はアニエスの兄であり妹思いだったクランプ侯爵を大いに怒らせた。クランプ侯爵家は政治的影響力も強い名門侯爵家だ。裁判は始まったばかりだが、これだけ多くの罪状が並ぶと恐らく死刑判決、良くても終身刑は免れないだろう。



 ユリアさまについては鉄鉱石を横流ししたことがかなり問題視された。


 鉄鉱石は鉄鋼製品の原料であり、上質な鉄鉱石を不正に横流しすることはひいては武器などを不正に密造することにも繋がりかねない。そのため、厳しい制裁が加えられることは避けられず、ゴーランド子爵の私財と鉄鉱石の鉱山の利権は全て国により没収された。

 ゴーランド子爵領の最大の領地収入である鉄鉱山の利権没収。それはつまり、ゴーランド子爵自体が領地収入の無い名ばかり子爵になることを意味する。

 しかし、ユリアさまはカミーユさまに離縁されて追い出されるとの大方の貴族達の予想は外れ、カミーユさまはユリアさまと離縁しなかった。カミーユさまはカミーユさまなりに、領地のことも家庭のこともユリアさま一人に押し付けて自由気儘に騎士として過ごしてきたことへの責任を感じたようだ。

 ユリアさまは鉄鉱石横流しの罪で10年間は刑務所に収容される予定だったが、これはシエラ夫人に恐喝されていたという事実による情状酌量と、莫大な保釈金を支払うこと、慈善活動へ従事すること、釈放後の監視責任者をつけることなどの条件により2年にまで短縮された。


 この莫大な保釈金の足しにするため、カミーユさまは名ばかりの子爵位を売った。自分は騎士の道を選んだ時点で爵位など継ぐべきでは無かったのだと言ったカミーユさまの表情からは、隠しきれない後悔の念が滲み出ていた。カミーユさまはこれからは騎士の道一本でユリアさまと子ども達を養って生きていくと言う。

 それでも賄いきれない残りを支払った上で、監視責任者に名乗り出たのはゴーランド伯爵だった。ゴーランド伯爵家には子どもが居ない。もしかしたら、ゆくゆくはカミーユさまの子供を養子にすることも考えているのかもしれない。


 

 そして、スフィアさまは色々な事の真相を知って暫くは寝込むほどのショックの受けようだった。


 ユリアさまはスフィアさまのことを、自分が努力しなくても誰かに庇護されるのが当然だと思っていると罵った。

 確かにあの当時、スフィアさまはアニエスに可愛がられるのが当然だと思っている節はあった。そして、カンナになってからの私の知るスフィアさまは良くも悪くも典型的な高位貴族の妻だった。夫の庇護の元で呑気にお茶会を開き、美しく着飾り、ただ横でにっこりと微笑んでいる。

 私はそれが別に悪いことだとは思わない。だって、多くの高位貴族の妻とはそういうものなのだから。でも、領地経営で死に物狂いに努力していたユリアさまからすれば、すぐ近くでなんの苦労もせずに社交界の華としてチヤホヤされるスフィアさまは許し難い存在だったのも理解出来る。

 最近、スフィアさまは熱心に慈善事業に関わるようになられた。きっと、スフィアさまなりに何か変わろうという気持ちが生まれたのかも知れない。


 

 最後に、エドウィンさまはあの場にいた前バレット侯爵に問いただされ、拳の鉄拳制裁を受けていた。


 前バレット侯爵はアニエスを娘のようにかわいがって下さっていたし、どちらかというとエドウィンさまとアニエスの婚姻に乗り気だった。そのアニエスを息子が意図的に傷付けた可能性を知り、憤怒して一発殴らずにはいられなかったようだ。


 シエラ夫人はエドウィンさまはアニエスの気持ちを知っていながらわざと傷付けたと言っていた。そして、ユリアさまに話を振られたときのエドウィンさまのあの表情。それはきっと、そういう事なのだろう。

 きっと、アニエスの気持ちに気づいていなかったのは無邪気なスフィアさまだけだったのだ。


 人の気持ちを他人が強要することは出来ないし、アニエスは失恋したからこそアーロンさまを愛するようになった。それに、スフィアさまとエドウィンさまが結婚しなければ、私は今のウィルに出会えなかったのもまた事実だ。

 あの行動がアニエスが期待を持たないようにとのエドウィンさまの優しさだったのかどうかは私にはわからない。それに、貴族には男女を問わずあれ位のしたたかさがあった方が良いことも知っているわ。

 だから今さら責めるつもりは全く無いけれど、前バレット侯爵に鉄拳制裁されて尻もちをつき呆然とするエドウィンさまを見て、少しだけ気分がすっきりしたことは心の内で私だけの秘密にしておくわ。



 そうそう、あの日私がフローレンス商会に行ったことをウィルに連絡しに行ってくれたロジェはウィルに引き抜かれてバレット商会に入社した。まだ若く可能性が無限大の彼は、早くも殆どの文字を読み書き出来るようになった。きっといつかイールさんのような存在になってバレット商会を支えてくれるだろう。


 

 大聖堂から馬車で屋敷に戻ると、ウィルが会いに来ると先触れが来ていた。

 色々な事が変化したけれど、ウィルの私に対する態度は以前と変わらない。寧ろ、17歳になったウィルは始めの頃の初心さが無くなってきて、私に対して更に情熱的に愛情表現するようになった。


 ウィルが変わらずに私を愛してくれている。その事実は私をとても強くしてくれる。


 そして、私はもう悪夢を見なくなった。


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