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「・・・ですから、私はシエラ夫人が当時のことでユリアさまとフロリーヌさまを脅していると考えたのです。ですが、それではフロリーヌさまの死後に急に鉄鉱石が行方不明になったことが説明がつかず悩んでいました」
私は一通り話し終えると、周囲を見渡した。スフィアさまはあの事件の引き金にアニエスが絡んでいたいう私の話に衝撃を受けたようで、真っ青に震えていらっしゃった。
「それからの事については、私がお話しましょう。そこまで明らかになっているならば、もう隠しても無駄でしょうし」
重い沈黙を破ったのは、意外なことに先ほどまで真っ青だったユリアさまだった。ユリアさまからは全ての感情が消え去り、ただ人形のように目の前の空を見据えていた。
「あの日のウインザー公爵邸での事件にはもう一つ裏話があります。私やアニエスさまが勘違いをした原因となった、髪飾りです」
髪飾り・・・
確かにあの見知らぬ女はアニエスがスフィアさまにあげた髪飾りをしていた。言われてみれば、一体どうして見知らぬ女はあの髪飾りをしていたのか。
「あの髪飾りは、実は以前の舞踏会でスフィアさまが落としたものです。スフィアさまが落としたことにすぐに気付いたフロリーヌはそれを拾ったものの、スフィアさまに返さなかった。そして、ルシエラに命じて高級質屋に引き渡したのです」
スフィアさまはそれを聞いて目を見開き息を呑んだ。
「そんなことなどすっかり忘れていたフロリーヌは、事件後にあの髪飾りがフロリーヌの名義で質入れされた履歴が店に残っているだけでなく、質入れの証明をルシエラが持っていることに気付き、焦り出しましたわ。アニエスさまがあんな風に亡くなり、自分も責任追及されるのではないかと思ったのでしょうね。
そして、フロリーヌはどうにかルシエラを探し出して、口止め料を支払った。それがその後に続く悪夢の始まりですわ。
フロリーヌは定期的にかなりの額をルシエラに払い続けた。夫の目を欺き、宝石やドレスを売り、最後には私に状況を打ち明けて援助を申し入れてきた。
私はフロリーヌからの告白に少なからず自分の責任を感じ、自分の私財からフロリーヌへの援助を始めました。けれど、そんな生活が長く続くわけがありません。身動きの取れなくなったフロリーヌは遂にある告白文をしたためたのです」
ユリアさまはそこでいったん言葉をとめると、意を決したようにスゥッと息を吸って吐いた。
「この件は全て私、ユリアの命じたことであり、彼女は泣く泣く付き合わされていた、脅されていたのだと」
私はあまりの予想外のことに息を呑んだ。そんなことになっていたなんて、想像だにしなかった。
「フロリーヌが書きしたためた告白文を持って、ある日ルシエラが私のもとに訪れたわ。フロリーヌはもう殆ど援助が無理なのだと言って。
私は驚きのあまり頭を殴られたかのような衝撃を受けましたわ。だって、私は髪飾りを質入れしろと命じたことはありませんでしたから。でも、あの舞踏会の日にスフィアに痛い目を見せろとフロリーヌに命じたのは私です。
私は恐怖した。こんな告白文が明らかになれば恐らくカミーユさまに離縁されて貴族社会から追い出される。今まで築き上げてきた努力が、幸せな家庭が全て壊されると思った。何とかしなければと思いました。
けれど、私にはそんな高額を払い続ける私財はありませんわ。だから、お金の代わりに自分が管理を任されている鉄鉱石を横流しすることで折り合いをつけたのです。
暫くして、フロリーヌは良心の呵責に耐えきれず、自ら命を絶ちました。私に謝罪の手紙を残してね。
でも、それで終わりには出来ませんわ。だって、私はすでに鉄鉱石の横流しをする契約を結んでいたのです。それを反故にすればあちらが騒ぎ出して問題が明るみに出るのは火を見るより明らかだわ。
そこからは皆さまのご存じの通りよ」
想像を超える告白に、その場に居た一同全員が重苦しい空気に包まれた。スフィアさまは震え、エドウィンさまは眉間に皺を寄せて厳しい表情をしていらっしゃる。
「もうよろしくて?」と声をあげたのはシエラ夫人だった。
「今お聞きになったとおり、私はユリアさまに頼まれて鉄鉱石を受け取っていたのです。脅されて口止めされていたのはこちらの方ですわ」
不敵に微笑むシエラ夫人を見て、私は激しい怒りを感じた。だって、こんなことってあり得ないわ!
「口止めされていたのはわかったが、これは立派な恐喝だ。あなたは有罪を免れないだろう」
落ち着き払った低い声でエドウィンさまはそう告げた。
「ウィリアムの調べによると、あなたの商店で扱っているのは全て違法なものばかりだ。その罪に加えて、今回の貴族への恐喝。ひょっとしたら極刑もあり得る」
シエラ夫人は激しく怒りだし、「この屑男が!」とエドウィンさまを激しく罵り始めたため、私兵によって猿ぐつわをはめられてやっと大人しくなった。
「ユリアさま、何故言ってくれなかったのです??」
スフィアさまは目に涙を浮かべてユリアさまに詰め寄った。そして、手を伸ばしたところでユリアさまからその手を叩き落とされて部屋にはパシンっと渇いた音が響き渡った。
「言う?あなたに私が何を言うの?あなたに助けられるなんて真っ平ごめんだわ!あなたに言いたいことは、今も昔も私はあなたが反吐が出るくらい大嫌いだということよ!!」
「なぜ・・・?」
スフィアさまは大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべて、本当にわからないようにそう呟いた。
「なぜ?わからないの??最初はカミーユさまの傍に突然現れて、アニエスさまに可愛がられていてちょっと面白くないだけだったわ。でも、あなたはあれだけあなたを可愛がったアニエスさまを傷つけ続けた。だからあなたが嫌いだったのよ!」
「私がいつアニエスさまを傷つけたというのです!」
「アニエスさまはずっとエドウィンさまを慕っていたわ。あなたはヘラヘラと笑ってそれを横から奪っていったのよ。恩人であるあの方から!
あの方はいつもあなた達を見る度に瞳を寂しげに伏せてから美しく微笑んでいた。私達があなたに意地悪をしようとしても、『おやめなさい』と制して微笑んでいたわ。
気付かなかったとは言わせないわ。ふとした時に見せるあの方の寂しそうな表情を。ねえ、エドウィンさま?」
エドウィンさまはふいに話を振られて表情を強張らせた。
「あの方はお優しいしお美しいから、すぐに素敵なお相手が出来たわ。でも、それもあなたを助けたせいで壊された。あの日、暴行されかけたあなたを助けて身代わりになったせいでね」
「やめろ、ユリア」
エドウィンさまは強い調子でユリアさまを制止した。スフィアさまは真っ青な顔でぼろぼろと涙をこぼし、震えていた。
「いいえ、やめません。スフィアさま、あなたはいつもそう。そうやって小さくなっていれば自分はなんの努力もしなくても誰かが助けてくれると思っているの。昔はお優しいアニエスさま。今は愛しいバレット侯爵さま。
ねえ、スフィアさま。あなた何故言ってくれなかったのかと私に聞きましたわね?言ったらどうなったのです?あなたにはお優しいバレット侯爵に泣きついてどうにかして貰うのですか??
あなたは無自覚に人を傷つけておきながら、自分は誰かから庇護されて愛されるのが当然だと思っている。大した努力もしないくせに他人に助けて貰うことを当たり前だと思ってる。わたしはそんな他力本願なあなたが大嫌いなのよ!」
「やめろ!」
エドウィンさまの大きな怒鳴り声が再び部屋に響き渡るのとほぼ同時に王都警備隊がやってきて、号泣していたスフィアさまはショックのあまり気を失った。




