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「アニエス」
優しく声を掛けられて、鏡を見つめていた私が振り返るとそこには最愛の人がいた。
「どうです?似合ってますか??」
私は着ているドレスのスカートをつまみ上げるとその場でクルリと一回転して見せた。極上のシルクがフワリと軽やかに揺れる。
「ああ、似合っている。とても素敵だ」
「ありがとうございます。あなたに褒めてもらえるのが一番嬉しいわ」
私は扇で口元を隠すとフフフッと笑った。
私は今アーロンさまと王都の高級オーダーメイドの仕立て屋に来ている。そして、仮縫いが終わった状態のドレスを身に着けて自分に似合っているかやサイズがおかしくないかの最終確認をしていた。
「本当にこの色でよかったのか?アニエスにはもっと華やかな色も似合うのに」
「私はこの色がいいのです。だってアーロンさまの色ですわ」
私はムッとしたように口を尖らせた。今私が身に着けているのは栗色のドレスだ。ドレスの色としては地味だと言われても仕方がない色ではある。
アーロンさまは生地選びの段階からもっと華やかな色にしたらどうかと再三にわたって仰っていた。でも、私は絶対にこの色が着たかった。だって、アーロンさまの色だもの。
「出来上がりはあと3週間もかかるんですって。早く着たいのに」
私が不満をこぼすと、アーロンさまは困ったお顔をされてアニエスのために針子が一針一針丁寧に縫ってくれるんだから、と優しく宥めてきた。
「父上と話したんだが、今週の舞踏会が終わった後にでも正式に婚姻申し込みをするよ。僕は伯爵位しかないから、認めてもらえると良いんだが・・・」
「まあ、本当に!?お父さまには絶対に認めてもらいますわ!!認めてくださらないなら私は修道女になると伝えます」
拳をグッと握って意気込んだ私を見て、アーロンさまは目尻を下げて微笑んだ。そして、少し屈むと真剣な顔で私のことを覗き込んできた。
「マンセル領には農業と畜産くらいしか産業がない。クランプ侯爵家に比べるとだいぶ領地収入に見劣りするし、爵位も低い。アニエス、君はそれでもいいかい?」
「ええ、勿論ですわ。アーロンさま、私を幸せにして下さいね。一生愛してくださるって約束ですわよ?」
「アニエス、僕を信じて。この命が尽きようとも君への気持ちは変わらない」
「信じますわ。その代わり、・・・・・」
アーロンさまは肝心なことをわかってないわ。私が望むことはいつも一つだけなのよ。それさえ叶えば、豪華なドレスも煌びやかな夜会もなくったって私は耐えられる。
私はアーロンさまの耳元に口を寄せるとそっと囁いた。アーロンさまは驚いたように目を瞠り、「君には敵わないな」と微笑んだ。
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最悪な状況で気を失ったにも拘わらず、私の夢はとても幸せな夢だった。今も昔もアニエスが望んでいたことは一つだけ。それを伝えた時、アーロンさまはくしゃりと表情を崩し、泣きそうな顔して微笑んだ。
気が付いた時、私の視界に最初に映ったのは心配そうに私の顔を覗き込むカテリーナの顔だった。私が意識を取り戻したことに気付き、「お嬢さま、よかった」と私の寝るベッドに縋り涙を流している。
「カテリーナ、ここは?」
辺りを見渡すと、そこはいつも寝ている自分のベッドでは無かった。ピンク色が基調の可愛らしい雰囲気の私の部屋に比べるとだいぶ落ち着いた部屋だ。ただ、家具はすべてセンスよく統一されており、居心地は悪くない。
「バレット侯爵邸ですわ。あの時ウィリアムさまが助けて下さらなかったらどうなっていたことか・・・」
カテリーナは自分の身体を腕で包み込むとブルリと震えた。
カテリーナによると、カテリーナは警戒してフローレンス商会で出されたお茶に口をつけなかったのだそうだ。そして、あの日シエラ夫人が会う予定だった外国の取引先とはロジェのことだった。
あの日、仕事の仕入れのためにフローレンス商会を訪れたロジェは偶然、私とカテリーナがフローレンス商会に入っていくところを目撃した。事前にウィルからフローレンス商会の鉄鋼製品の出所を探るようには言われていたものの私のことは聞いていなかったため、おかしいと感じたロジェはウィルにそのことを知らせに行った。
そして、駆け付けたウィルとバレット侯爵家の私兵数人は店番の女性を黙らせると私とシエラ夫人の会話を廊下で聞いていたらしい。私が「助けて!」と叫んだため、扉を蹴破り突入すると意識を失った私が床に倒れ、シエラ夫人は睡眠薬の瓶を手に握って立ち尽くしていたためその場で私兵に拘束された。
「シエラ夫人とウィルはどこに?」
「下の応接室に皆さまいらっしゃいます」
「皆さま?」
「急遽、ゴーランド伯爵夫妻とゴーランド子爵夫妻も呼ばれたようです。そろそろお揃いかと。今、王国警備隊員が到着するのを待っているところだと思いますわ」
「私も下に行くわ。連れて行って」
私がまだ少しふらつく身体をカテリーナに支えてもらいながら下の応接室に行くと、応接室には既に皆さまが揃っていてシエラ夫人は後ろ手に両手を拘束されて鬼の様な顔をしていた。そして、ソファーの端っこでユリアさまは真っ青になって震えていた。
「カンナ!大丈夫か?寝てていいんだよ」
カテリーナに支えられて降りてきた私に気付いたウィルがすぐに心配して飛んできたので、私ははっきりとこの場に一緒にいさせて欲しいと伝えた。事の真相を聞かないと私は前に進めない。そう思った。
「なんて忌々しい!あなた、わたしに花の嬢だと思わせて騙したわね!」
シエラ夫人は私を見つけるなり怒りをあらわにして、手が不自由になっているにも関わらず掴みかからんばかりの勢いだったが、ウィルに「黙れ!」と一喝されて再び私兵に押さえつけられた。
その時、「それで」エドウィンさまの威厳のある大きな声がして私たちはぴたりと動きを止めた。
「いったい何があったか話してもらおうか」
「何があったかはそこの小娘が知っているんじゃなくて?こそこそと泥棒みたいに調べまわっていたみたいですし」とシエラ夫人は私を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。ウィルがまた怒り出しそうだったので、私はそれを彼の腕を引いて宥めた。
その場にいる全員が私に注目する。緊張から喉はカラカラに渇き、手が震えそうになった。私の手を握るウィルの温かさだけが私に勇気を与えてくれて、私は自分を叱咤する。自分が話さないと話が進まない。私は一つ大きく深呼吸をした。
「事の始まりは今から約20年ほど前、ウインザー公爵邸で開催された舞踏会です。クランプ侯爵令嬢のアニエスが、恋人であるマンセル伯爵嫡男アーロンさまが当時のゴーランド伯爵令嬢だったスフィアさまに横恋慕されていると勘違いしたことから始まります」
『アニエス』の名前を出したとたんにエドウィンさま、スフィアさま、ユリアさまの三人の表情が一瞬で凍り付いた。この人達がこの話をすれば多少なりとも傷つくのはわかっている。でも、真相を明らかにするためには避けては通れない話だ。
私は前世の記憶と今の調べた知識で知りうるすべてを皆に話して聞かせた。




