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 店舗の二階へと案内された私たちは接客室に通された。お茶を出されたけれど、私は飲む気にならず手を付けなかった。そして暫く待たされた後、先ほどの女性が「お嬢さまと一対一でお会いしするそうです」と言いに来た。


「いいわ。カテリーナ、少し待っていてくれる?」


 私が立ち上がるとカテリーナは不安げな顔をして私を見上げた。


「大丈夫よ。話をして来るだけだから」


「畏まりました」


 私は尚も不安そうにするカテリーナを安心させるために、少しだけ笑顔を見せた。


 女性に案内されたのは接客室のすぐ隣の部屋だった。どこか遠くに案内されたらどうしようと考えていた私はこれには少しホッとした。この距離なら何かされそうになっても悲鳴を上げればカテリーナが気づくだろう。トントンと女性が扉をノックして「お連れしました」と言うと、中からは「お通ししてちょうだい」と落ち着いた女性の声がした。


「初めまして、お嬢さま?」


「お会いできて光栄ですわ、シエラ夫人。カンナと申します」


 私はわざと自分の家名を名乗らなかった。ディルハム伯爵家の者と知られればバレット商会との関係を疑われるかと思ったからだ。

 

 約20年ぶりに見るルシエラは当時と同じように美しい漆黒の髪と黒曜石の様な瞳、白い肌をしていた。可愛らしかった見た目は歳を重ねることにより大人の女性として開花したようで、今は美しいと言った方がしっくりとくる。身に着けているシックな紺色のシルクドレスは彼女の白い肌に映えてとてもよく似合っていた。だけど、この美しさの奥に猛毒の毒針を隠し持っていることを私は知っている。


「昔話をなさりたいとか。一体どんな昔話でしょう?」


 シエラ夫人はわざとらしく首をかしげて見せてきた。


「男爵令嬢のルシエラがウインザー公爵家の舞踏会の夜に拘束されて、平民のシエラ夫人になったお話です」


 私が挑発するようにそういうと、シエラ夫人のこめかみはピクリと動いた。この反応はやはりこの人がルシエラなのだと私は確信した。


「どうやってユリアさまとフロリーヌさまを脅したのです?あなたには出所が不明な支援が当初から多くあったそうですね。それはユリアさまとフロリーヌさまを脅したのでしょう?」


 私が睨むようにそういうと、シエラ夫人はさも可笑しそうにクスクスと笑いだした。


「まだお若いのに随分と昔のことをよく調べたわね。私のことを嗅ぎまわる花の嬢がいるとは聞いていたけれど、まさか乗り込んでくるなんて。バレット侯爵家のご嫡男の愛人でしたっけ?」


「違うわ!質問に答えて!!」


 私はカッとして強い口調で叫んだ。ブレンダのことにシエラ夫人は気付いていたんだ。でも、大したことは探れないと放置していたのだろう。そして、この様子から私のことを件の花の嬢だと勘違いしているようだとわかった。


「隠さなくてもよろしいのに。私、以前にあなたとバレット侯爵のご嫡男がトルク座に来ているのを見ましたのよ?中央ボックスシートを用意してもらえるなんて、随分と入れこまれているのね」


 私はサーっと血の気が引くのを感じた。ウィルと最初にトルク座を訪れた際に一人のご婦人と目が合って酷い恐怖感を感じた。あれはこの人だったのだ。そして、あの時期にウィルは花の嬢と一緒にいるところを複数の人から目撃されている。私とブレンダは髪の色も瞳の色も年のころも同じ。シエラ夫人が私をその花の嬢だと思っても仕方がないのだろう。


「そうねぇ、若いあなたに楽しい昔話をしてあげる」


 シエラ夫人は口の端を持ち上げてニンマリと微笑んだ。


「昔々、見目麗しい一人の侯爵家嫡男がいました。彼はとてももてたので舞踏会で女性の相手を面倒に思い、一人の若く美しい貴族令嬢を利用することにしたの。彼女はいつもエスコートされることで勘違いをして、自分は彼の特別な存在だと思うようになった。だけど、彼はそのご令嬢を何とも思っていなかったわ。

 そんなある日、彼の目の前に彼女より利用価値の高い女性が現れたわ。彼の領地と同じ事業を実家で手掛け、利用していた女性よりいい意味で頭が悪く従順で見た目も悪くない。だから、彼は彼女の気持ちに気付いていながらも、わざとほかのご令嬢と目の前で親しくして見せて意図的に彼女を傷つけた。一抹の希望も持たせないためにね」


 それって・・・


 私は話を聞きながら体が震えてくるのを止めることが出来なかった。


「酷い男でしょう?そして今のバレット侯爵の嫡男は父親そっくりね。あなたも今に捨てられるのだからそんな男に入れ込むのはお止めなさい。確か、婚約者がいるんじゃなかったかしら?本当に禄でもないわよ?」


「違うわ!」


「残念だけど、本当の話よ。それに、あなたは勘違いしているわ。口止めされているのはこちらの方だわ。あちらが是非貰って下さいと色々としてくださるのよ」


 向こうが色々としてくる?もう訳が分からなかった。


 どうしてユリアさまとフロリーヌさまが自分からシエラ夫人に援助を申し出て更に口止めをする必要があるの?フロリーヌさまはどうして亡くなったの??


「お気の毒さまね。本当に親子揃って罪な男なこと。とても可哀そうには思うけれど、あなたは少し知りすぎたわね」


 私を見つめるシエラ夫人がニンマリと笑ったのを見て、私は恐怖のあまり身体が強張ってくるのを感じた。目の前の人はかつてアニエスを陥れた時と同じ顔をしていた。


「私に何かしたら隣に居るカテリーナが知らせに行くはずよ」


 私は精一杯の虚勢を張ってそう叫んだ。


「隣に居る?今頃ぐっすり寝てるのではないかしら??」


 私は目の前が真っ暗になるのを感じた。そうだ、この人は平気で人を陥れる人だった。


『人の本質は簡単には変わらない』

 

 そうガイドがわざわざ忠告してくれたのに。あれは私自身に限定した言葉ではないのだ。

 彼は決して私を助けることは出来ない、道を決めるのは私だと言っていた。そして、ここにほぼ単身で乗り込むことを決めたのは私自身だ。


「まあ、震えていらっしゃるの?安心してちょうだい。私、殺人はしませんのよ。そうねぇ、バレット侯爵の嫡男に騙されていたことに気付いて傷心のあまり男と逃避行して、その途中で人攫いに会うなんて筋書はどうかしら??」

  

 逃げなくては。私の中の危険信号が真っ赤になっていた。ここで逃げないときっとアニエスと同じような最期を遂げることになる。


「助けて!!」


 そう叫んで踵を返そうとした時、ハンカチで口を抑えたシエラ夫人から何かを吹きかけられた。そして、私の意識は闇へとのまれていった。


『多くの人は同じ失敗や過ちを繰り返す』


 ガイドがわざわざ忠告してくれたのに、私はなんて馬鹿なんだろう。意識をなくす直前に激しい物音が聞こえたけれど、私はもう目を開くことが出来なかった。



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