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「フローレンス商会は闇商会なだけあって看板はないわ。取引は紹介者限定で一見様お断りよ。だから、私も中には入れませんわ」とブレンダは形のよい眉をひそめた。


「場所はわかるか?」


「32番街サウスストリート沿いのクリーム色の建物よ。表向きはただの刺繍用品店に見えるわ」


「わかった。この短期間に色々調べてくれて助かった。また何か新しい情報があったら頼む」


 ウィルは胸元から札束を取り出すとそれをブレンダに手渡した。ブレンダはそれを素早く数えると、「確かに受け取りましたわ」と微笑んだ。


 32番街サウスストリート沿いのクリーム色の建物。私はその住所を頭の中で何回も忘れないように復唱した。


「では、私はこの後行く場所がありますからご機嫌よう。バレット子爵、今後も私に会うときは必ずカンナさまをお連れ下さいね」


 ブレンダはにっこりと微笑むと扉からひらひらと手を振って去って行った。彼女が要求した発泡酒は半分以上残されたままだった。


「なんで必ずカンナを?」


 ブレンダが去って行った後、ウィルは不思議そうに首をかしげた。きっとブレンダは私がウィルとブレンダの関係を不安に思っていると知って、その不安を払拭するようにそう言ってくれたのだろう。


 もっと自信を持ってドンと構えろと言ってくれたブレンダ。

 人の本質は簡単には変わらないと忠告してきたガイド。


 私はウィルが他の女の人と関わるのが嫌だったのに、無理やり自分の気持ちに蓋をしていつの間にかまた嫉妬心を滾らせていた。そしてそれはブレンダに見透かされるほどまで大きくなっていた。

 アニエスがだんだんと嫉妬に狂っていったときと似ている。これでは元の木阿弥だ。私は迷ったけれどウィルに正直に自分の気持ちを言う決意を決めた。


「私がブレンダさんとウィルが2人で会うのが嫌なの。だって、ブレンダさんはとてもお綺麗で胸も大きくて女性らしいでしょう?だから、2人きりで居たらウィルもついコロリと靡いてしまうかもしれないわ。だから、ウィルがブレンダさんと2人きりで会うのは絶対に嫌よ」


 ウィルは私がハッキリそう告げると、驚いて目を瞠った。そして、暫くして堪えきれないようにふにゃりと口元を緩めた。


「なんで笑うの?」


「だって、嬉しいから」


「嬉しい?」


 何を言っているのかと私は眉をひそめた。


「ああ。だって、カンナは昔は僕が隣に居ても、ほかのご令嬢とお近づきになれって勧めてくるくらいだったのに、今は嫉妬してくれるんだね。それって今はカンナがそれだけ僕を好きでいてくれるってことだろ?」

 

 嬉しそうに満面に笑みを浮かべられて、呆気にとられた私はすぐに羞恥で顔が真っ赤になるのを感じた。そうだわ、よくよく考えたらこれは面と向かって愛の告白をしているようなものだわ!


「私、ウィルが思う以上に嫉妬深いのよ?ウィルが他の女の人と無断で逢引したりしたら嫉妬で狂って何するかわからないのよ?」


「僕は別に構わないよ?」


 ウィルは益々嬉しそうにニコニコと微笑んだ。私は恥ずかしさからその場から逃げ出そうとして、次の瞬間にはウィルの胸に抱き竦められた。全身をウィルの使う爽やかな香水の香りと温かさが包んだ。


「可愛い、カンナ。でも、その嫉妬心は無駄になるかも知れない。だって、僕にはカンナしか見えてない」


「もうっ!」とウィルの胸を押し返すと、少し空間が開いたのも束の間、今度はこれまでにないような荒々しい口づけをされて、これでもかと言うくらいに甘い言葉を沢山囁かれた。

 そして、帰り際にウィルからプレゼントされた『マイ・スイートハート』の香水からはとても甘い香りがした。





 トルク座の歌劇鑑賞の日から数日後、私はカテリーナを連れて街中のカフェのテラスでお茶をしていた。もう2時間もこの席にいるけれど、優秀な侍女であるカテリーナは不満一つ漏らさない。私はお礼もかねてカテリーナにはカフェで一番人気のショコラパフェを注文してあげた。


「来たわ」 


 私の小さな呟きに、カテリーナはハンカチを落としたふりをして、その振り向きざまに後方を確認した。視線の先に居るのは漆黒の髪を結い上げた小綺麗な貴婦人だ。そして、その貴婦人は一軒の刺繍用品店に入っていった。


「艶やかで見事な黒髪ですわね」


 怪しまれないようにすぐに目を逸らしてこちらに顔を向けたカテリーナは、少し羨ましそうな顔をした。カテリーナは黒髪に憧れているのかしら?私はカテリーナの赤毛は可愛いいと思うけど。

 でも、確かに美しい黒髪だったわ。私の遥か昔の記憶の中の艶やかな黒髪が脳裏に蘇った。


「あの人がきっとシエラ夫人よ。さぁ、行くわよ」


「お嬢さま、やはりウィリアムさまに一言伝えてからになさいませんか?」


「大丈夫よ。私は今日はバレット侯爵家とは無関係なただの一消費者としてここに来たのだから」


 私は不安そうな顔をするカテリーナを力強く元気付けた。


 シエラ夫人がルシエラだとしたら、私にはこのユリアさまとルシエラの奇妙な事象がアニエスの件とは無関係だとは思えなかった。自分が前に進むためにも、一体何がおこっているのかこの目で確かめたかった。


 ウィルには前世の記憶が無い。本人に直接聞いて確認したことは無いけれど、これまでの様子から判断すると恐らく全く無いと考えて良さそうだった。それは私にとって都合がいい。


 前世の記憶が戻ればウィルはきっとアニエスに起こった悲劇を自分の責任と感じて責めるだろうし、ご両親であるエドウィンさまとスフィアさまに複雑な感情を持つだろう。そんなことには決してなって欲しく無い。

 だから、私は自分が自分の過去と決別するために、ウィルを巻き込まずにどうしても自分の目で何が起きているのかを確かめたかった。


「行くわよ」


「・・・はい。わかりました」


 スクッと立ち上がった私たちは会計を済ませると、通りの向こうの刺繍用品店へと向かった。

 刺繍用品店の扉を開けると、カランカランと客の来店を知らせる鈴が鳴った。中には様々な色の刺しゅう糸や沢山の布、針やハサミなどが所狭しと並んでいる。そして、店の奥からは30歳前後の店番の女性が接客に出てきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」


「シエラ夫人に会いたいの」


 私の単刀直入の物言いに、店番の女性は戸惑ったような表情を見せた。


「申し訳ありません。本日はもう少ししたら外国からお取引さまがいらっしゃる予定なのです」


「シエラ夫人に『ルシエラさまに昔話を聞きに来た』と伝えてちょうだい。それでもお会いできないなら引き下がります」


 店番の女性は私がシエラ夫人に会うまでは簡単には引き下がらないと察したようで、「少々お待ちください」と言って一旦店の奥へと下がっていった。


 シエラ夫人が本当にルシエラならば、きっと今の言葉に反応を示すはずだと私は確信していた。だから、もしここで面会を断られればシエラ夫人はルシエラではないのだから私がわざわざ会う必要もない。鉄鋼製品の不正についてはウィルが調べて明らかにするだろう。


 でも、もしシエラ夫人が面会すると言ったら・・・


 暫くして戻ってきたその女性は、私に一言「お会いするそうです」と言った。

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**関連シリーズもよろしくお願いします** 『前世の罪と今世の罰─360°─』
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