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「ねえ、ウィル!なんであんなことしたの?あんなに沢山の自社製品をわざわざ外国で買う必要なんて無いはずよ?」


 宿に戻った私はウィルに詰め寄った。お店のものを買い占めたり平民の子供相手にお礼しろだなんて、普段のウィルらしからぬ行動だった。


「カンナ。これ見て何か気づかない?」


 すまし顔のウィルにあの店で購入した護身用短剣を手渡されて、私は首をかしげた。持ち手は焦げ茶色の革が巻かれ、鞘には蔦の絡むような模様が入っている。そして、鞘から抜くと刃の根元にバレット商会を示すひし形を組み合わせ商標が入っていた。


「特には何も。よく出来ていると思うわ。どうして?」


 私が短剣を握ったままそう言うと、ウィルは私の顔を見て「ああ、確かによく出来ている」と頷いた。

 そして私からその短剣を受け取ると、イールさんには自分が持っていた護身用短剣を手渡して「構えろ」と命じた。


 イールさんが剣を立てて構えるとウィルがイールさんに斬りかかりカキーンと言う鋭い金属音が一度鳴り響いた。


「ウィル!!」


「きゃあぁ!!!」


 私とカテリーナは予想外のことに思わず甲高い悲鳴をあげた。イールさんに斬りかかるなんて、どうかしてるわ!


 呆然として狼狽える私達に対して当の本人であるウィルとイールさんは全く動じた様子は無い。そして、ゆっくりと剣を降ろすとウィルはイールさんから短剣を受け取り、無言で私の前にその二つを並べて差し出した。

 

「これが僕が持ち歩いているバレット商会の護身用短剣。こっちが今日買った護身用短剣。ちょっと見比べてみて」


 ウィルにそう言われて、私は恐る恐るその剣を見た。


「あれ、刃が歪んでる?」


 二つを見比べると、今日買った方の短剣は剣を受けた部分が少しだけ刃毀れしたように歪んでいた。対して、ウィルの元々持っていた短剣は何もなっていない。驚いて私が顔を上げると、ウィルとイールさんは無言で頷いた。


「あそこで売っていたバレット侯爵領製の金属類はおそらく全て偽物だ」


「偽物?」


 私は『偽物』と言われて眉をひそめた。ロジェが不正な偽物を仕入れていたということだろうか。


「この短刀は恐らく鍛造の工程を疎かにしているから鋼が軟らかいままなんだ。ここ数年、バレット侯爵領製の鉄鋼製品に不良品のクレームが来ることが多かったんだ。もしかしたらこれがその原因かも知れないと思って、その出所を探りたいんだ。ロジェはあれを買い付けしたんだから、少なくとも国内で売っている商店がどこかは知っているはずだ」


 鍛造工程とは、金属を丈夫にするために金属に外部から力を加えて鍛える工程のことだと以前にイールさんから教わった。街中の鍛冶屋がカンカンと赤く熱せられた刀を叩くのはこの鍛造工程にあたる。これを疎かにすると、金属は十分に硬く強くはならず、軟らかく弱い状態のままなる。


 ロジェがこの護身用短剣を買い付けした場所・・・


「たしか、フローレンス商会ね?」


「そう」ウィルは一つ大きく頷いた。「でも、フローレンス商会なんて聞いたことが無い。恐らくは貧困層向けの闇商会だ」


 闇商会。それは質流れ品や正規ルートを外れた商品を扱う商会のことだ。バレット商会が扱うべき商品の偽物が闇商会で取り扱われている??


 私はそこで、例のコークスの疑問を思い出した。鉄鉱石の生産高は減っているのに、輸入量は減らないコークス。もしかするとユリアさまが不正をしている?


「ウィル。私、気になっていることがあるの」


「気になっていること?」


 怪訝な顔をしたウィルに、私は胸のわだかまりになっている事を包み隠さずに話した。ゴーランド子爵領で鉄鉱石の産出量と鉄鋼製品の生産高が減っていること。ゴーランド子爵領製の鉄鋼製品の輸出量も減っていること。それに対してコークスの輸入量は変わらないこと。


「きっと、ゴーランド子爵領では本当は産出量が減っているのではなくて、一部を誤魔化しているのだわ。そして、生産している鉄鋼製品の一部をバレット侯爵領製と偽ってるのよ!」


 そう結論付けて力強く断言した私に対し、ウィルは納得いかなそうに眉を寄せた。そして、難しい顔をしたまま両腕を組んでソファーの背もたれにドシンと体をもたれ掛からせた。


「コークスの輸入量が減っていないなら、どこかで鉄鉱石の産出量が誤魔化されている可能性は高いし、ゴーランド子爵領が怪しいのは同感だ。でも、ゴーランド子爵には自領で製造した製品をわざわざバレット侯爵領製に偽る理由が無い。自領製として売れば良いだけだ。そうすれば自分の領地収入になるのだから」


 ウィル同様に眉間に皺を寄せて考え込んでいたイールさんも、無言で頷いた。

 

「私も同感です。バレット侯爵領製ほどでは無いにしても、ゴーランド子爵領製の鉄鋼製品はそれはそれでかなりの良品として名を馳せています。このように鍛造工程を疎かにするような初歩的なミスはしないはずです」

 

 私はすっかり謎を解明して小説の中の名探偵にでもなった気分でいたのに、ウィルとイールさんの2人から異論を唱えられてぐうの音も出なかった。確かに、ゴーランド子爵とユリアさまには製造した領地を詐称する理由がないわ。


 じゃあ、なんで??と考え込む私の頭に、ウィルはポンと手を置いた。


「ここで考え込んでも埒があかない。せっかく最後の夜なんだから楽しもう。食事に行こうか」


 ウィルにニコッと頬笑みかけられて、つい今さっきまで考え込んでいた筈の私は答えの出ないことにいつまでも悩んでいるのが馬鹿らしい気がしてきた。


「そうね。美味しいものが食べたいわ」


「カンナのお望み通りに」


 ウィルは私の手を取って軽くキスをすると、食事に向かうために私をエスコートした。その日の夜、私達はチェルドニ王国の伝統料理に舌鼓を打ったのだった。




 




 帰国後、私は自分なりにフローレンス商会とシエラ夫人について調べてみた。いつものようにカテリーナと図書館に行って貴族年鑑と王都の有名な商店の住所録の本を調べてみたが、結果は空振りだった。


「はぁ、ないか・・・」


 今年の貴族年鑑をくまなく見たけれど、やはり『シエラ夫人』なる人物とおぼしき記載はなかった。そして、フローレンス商会も有名な商店の住所録の何処にも載っていない。


「ということは、やっぱり貴族じゃないのね」


 私は顎に指をあてて考え込んだ。フローレンス商会。その名前を口の中でブツブツと何回か呟く。そして、ふと頭に思い浮かんだ人物の近況を知ろうともう一度貴族年鑑を見返した。なかなか見つけられずに年を遡っていき探していた人物の記載をやっと見つけだしたとき、私はその内容を見て言葉を失った。


 アニエスのかつての友人でユリアさまとも親しかったご令嬢のフロリーヌさまは既に亡くなっていた。亡くなったのは今から4年前、死因は『突然死』だった。


 思いがけないことに私は動揺を隠せなかった。


 『突然死』


 それはアニエスの死因と同じだった。


 病気で亡くなった人は『病死』と記載されるので少なくとも病死では無い。それに、年齢的にまだ自然に亡くなるには早すぎる。それは、何らかの事故か周囲に知られたくない死因で亡くなったと言うことを示している。


 フロリーヌさまの謎の死。

 時期を前後してユリアさまの管理する鉄鉱石の産出量の減少。

 消えたコークス。

 そして、偽物の鉄鋼製品を扱う闇商会を率いる平民のシエラ夫人・・・


 全て偶然だろうか?私は背筋につぅーっと冷たいものが流れ落ち、嫌な予感が湧き上がるのを抑えることは出来なかった。

 


 



 




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