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「カンナ、お前の社交界デビューの日が決まったぞ。ウインザー公爵家の開催するパーティーだ」


 満面に笑みを浮かべてそう言ったお父さまの言葉に、私は耳を疑った。お父さまはにこにことして両手を広げて見せて、まるで私が喜んで抱きつくのを待っているかのような格好だ。


「お父さま?今何と仰いました?」


「明日、ウインザー公爵主催の舞踏会が開催される。そこがカンナの社交界デビューだよ」


 私は思わずポカンと口を開けたままお父さまを見返した。お父さまはしてやったりといった得意顔で、器用に片眉をあげてみせた。


「嫌です。行きませんわ」


「それは困る。もう参加の返事を出してしまった。お前が行かないとパートナーも困るぞ」


「私のパートナー?」


 社交界の舞踏会に参加するときは、通常は男性が女性をエスコートする。そのエスコートされる側とする側がお互いのパートナーであり、一人で参加することはあまり外聞が良くない。それはいいとして、私のパートナーが困るですって?


「私のパートナーはお父さまでは無いのですか?」


「可愛いカンナのデビューのパートナーは是非私がやりたかったんだが、どうしてもとあちらから強くお願いされてね。私にとって、彼は息子同然だから仕方なく譲ってやったんだ」


「息子同然?」


 私は眉をひそめた。私には確かに3つ年下の弟がいる。でも、あの子は息子()()では無くて、事実として息子だ。しかも、弟の社交界デビューは来年の予定だ。


「お前のパートナーはウィリアムだよ!どうだ、驚いただろう?嬉しいだろう?お前達はとっても仲良しだったからな。しかも、ウィルも明日が社交界デビューだ」


 得意気に語るお父さまに対し、私は驚きの余り言葉を失った。


 ウィリアムがパートナーですって!?私の??馬鹿なこと言わないで!!


「む、無理ですわ。」


「もうウインザー公爵家にも参加で返事を出してしまったし、バレット侯爵家にもパートナーを引き受けると返事を出してしまった」


「どうして!!急病に伏せったと伝えて下さいませ」


「そんなことしたら、ウィリアムはカンナをお見舞いに来ると思うよ。しかも、デビューを楽しみにしているのに、彼が気の毒でならないなぁ」


「だ、誰か代理を探して下さいませ!」


「代理??明日の舞踏会に?」


 うぐっ、と私は言葉に詰まった。明日の舞踏会、しかも公爵家主催の正式なものに今から適当な代理を探すのが困難な事くらい私にもわかった。でも、流される訳にはいかない。


「私、ドレスがありませんわ!残念ですけど」


 私は手元にあった扇をさっと広げて口元を隠し、目を伏せた。明日のパーティーのドレスはさすがに今からでは間に合わない。まさか家用のドレスで行くわけにもいくまいと、そっとお父さまを窺い見ると、お父さまは相変わらずにこにこしたままだ。


「安心しなさい。きちんと用意してある」


「なんですって!!」


「そうか、そうか。そんなに大きな声をあげてしまうほど嬉しいか」


 お父さまは何とも頓珍漢なことを言ってご機嫌だった。私を出し抜いた事がさぞかし嬉しいようで、笑いが止まらないご様子だ。


 私がパートナーに指名されたウィルは、本名をウィリアム・バレットと言う。バレット侯爵家の嫡男で私の二つ年下、7年前に決別したあの美しい2人の大切な息子だ。


 あの当時、ウィルはまだ9歳だった。当時11歳だった私よりも頭一つ以上も背が低く、お茶会の最中によく紛れ込んできては歳の近い私にちょっかいを出してきた。カンナ、カンナと私を呼んで後を追い、特に当時はストレートだった私の長い髪をなにかと引っ張るのがあの子の癖だった。髪の毛を指に絡めてはぐいっとひっぱり、私が怪訝な顔で振り返るとニヤリと悪戯っ子の笑顔を見せる。スフィア様の金の髪と青い瞳を受け継いだあの悪戯好きな天使のように可愛らしかった男の子ももう16歳になるのかと、私は時の移り変わりを感じた。


 お父さまが部屋を去った後も動揺が隠せずに狼狽える私を見て、カテリーナはいつものハーブティーを煎れてくれた。私はそれをまだ熱いうちに一気に飲み干すと、混乱している気持ちを落ち着かせるためにいつものルーチンワークを行うことにした。


「カテリーナ。大聖堂にお祈りに行くわ!」


 すぐにカテリーナに出かける準備をするように言づける。とにかく、私は少し落ち着かなければならないわ。そうしてやってきた大聖堂の祭壇で跪いたとき、私の頭はだいぶ冷静を取り戻していた。

 祭壇の前にはこの国の神々のなかでも最も高位であるとされる最高神の雄々しい石像が飾られている。私はいつものお祈りに加えて、もう一つだけいつもと違うことをお祈りした。


──私がかつて傷つけた美しい人達が、幸せでありますように。

──私は2度と同じ過ちを犯しませんように。

──私がウィルやご両親の平穏を乱すことがありませんように。


 こうなった以上は立派にウィルのパートナー役を務めあげて、彼の社交界での株を上げる手助けをしよう。祈りを捧げながら、私は心の中でそう決心していた。

 ウィルは馬鹿な私がかつて傷つけた人たちの大切な大切な息子。万が一にも自分の失態でウィルに恥をかかせたり、不愉快な思いをさせるのは絶対に避けたかった。前世に引き続き、今生でも彼らの疫病神にはなりたくないのだ。


 祈りを捧げ終えた私は今日も大聖堂の出口に向かう途中、いつものフレスコ画の前で足を止めた。

 いつも、この絵を見るたびに何かが引っかかる。でも、どんなに食い入るようにフレスコ画を見つめても、私は自分がいったい何に引っかかっているのかがわからない。何かを間違えているような、忘れているような妙な焦燥感にかられるのだ。


「今日はいつもと違うな。少し進歩だ」


 私がそのフレスコ画を眺めていると、突然至近距離から若い男性の声がして私はハッとした。私の方を見て少しだけ口の端を持ち上げて微笑んでいるその男に、私は見覚えがなかった。でも、彼はまっすぐに私のことを見つめていて私に声をかけているのは明らかだ。


「いつもと違うとは、どういうことですの?いつもと同じに見えますけど?」

 

 私はその男に尋ねた。フレスコ画はいつもと変わらず、女神と少女と二人の若い男性が描かれている。一体何が違うと言うのか、私にはさっぱりわからなかった。


「違うよ。ずっと心配していたんだ」


 その若い男はくくっと小さく笑った。輝くような金の髪に、珍しい金の瞳のその男はこの大聖堂に多く飾られている神々の彫刻のように美しい見目をしていた。こんなに美しい男を、私はかつて見たことがない。彼が笑って顔が少し俯いた拍子に、その金の髪は少し流れて彼の額にかかった。


「ずっと心配していた?いったい何を心配していたのです?」


「君が、相も変わらず思い込みの激しいカチコチの頭だってこと」


 思わず怪訝な顔をして聞き返した私に、その男はそういうと女性のように長く美しい指先でコツンと私の額をつついた。見知らぬ男にこんなことをされたは初めてで、私は驚きで目を見開いた。


「とにかく」男は言った。「君は勘違いをしている。もっとよく周りを見るんだ。ヒントはすぐ近くにあるんだよ」


 そういうと、あっという間に今の男は姿を消した。まるで幻でも見ていたかのように、言葉通りに彼は一瞬で消えたのだ。


「いまの人・・・」


「お嬢様??どうかされましたか?」


 私は呆然と立ち尽くした。カテリーナが怪訝な顔をして私のことを覗き込む。人が消えたというのに、いったいどういうことなの?私は白昼夢を見ていたのだろうか。


 私はもう一度、フレスコ画を見つめてみた。目を凝らして細心の注意を払ったけれども、普段と違うことを見つけることはとうとうできなかった。

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