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「ウィル、私あっちにも行ってみたいわ」
私たちはその後も物珍しさから通りを歩いていたが、私は脇道沿いにも沢山のお店が出ていることに気付いてウィルをくいっと引っ張って脇道に入ってみることにした。
脇道にあるお店は大通り沿いにあるお店よりランクが落ちるのか、価格は全体的に安価だった。そして、全体的に質も落ちているようで売られている衣類等は触り心地もあまり良くは無い。
それでも、庶民は大通りより脇道のお店を利用するのかかなりの賑わいだった。
細い通り沿いに沢山の店が軒を連ねており、道は馬車が走る空間がやっととれるか取れないかという幅が空いているだけ。その中を私達は雑踏を縫って進んだ。
「ねえ、ウィル。あれ金属製品店じゃない?」
ごみごみとした視線の先に私は金属製品が所狭しと吊されたその店舗を見つけ、隣に居るウィルに声を掛けた。少し先にあるそのお店にはよく見ると厨房用の鍋や扉に使用する金具から釘、何かの部品、護身用の剣まで色々な金属製品が置かれている。ウィルも視線をそちらに向けると、少し見てみよう、と言った。
「いらっしゃい!ここにあるのは良品ばかりだよ。この鍋を使えば今日の夕食はいつも以上に美味しくなる。嘘じゃないぞ」
私たちがお店の前で品物を見ていると、さっそく店番のおじさんがにこにこしながら営業トークを始めた。
チェルドニ王国を訪れる以前の私の知るお店とは椅子に座ってお茶を飲んでいるとおすすめの商品をいくつか持ってきてくれると言うものだったので、こういうスタイルはとても新鮮で面白い。
私はそれらの商品を眺めていて、見覚えのあるエンブレムを見つけてウィルの服をくいくいっと引いた。
「見て。こんなところにもバレット商会の商品があるわ」
私が指さした護身用短剣にはひし形を二つ組み合わせた様なマークが付いていた。これはバレット商会の使っているバレット侯爵領製を保証する商標だ。ウィルはそれを手に取ると、まじまじと眺めていた。イールさんも同じものを手に取ってやはりまじまじと眺めている。やっぱり自分のところの商品を異国で見つけるなんて、嬉しいわよね。
「おい、ロジェ!この前仕入れた商品を持ってこい!バレットの印があるやつだ」
私たちがバレット商会の商品に興味を持っていると気づいたおじさんはすぐに店の奥に向かってそう叫んだ。すると、暫くして様々な金属製品を抱えた少年が奥から出てきた。
私はロジェと呼ばれたその少年を見て目を見開いた。何故なら、彼は船で助けてあげた少年だったのだ。ロジェも私たちに気付いたようで目を真ん丸にしている。
「おい!もたもたするな」とおじさんはロジェを叱り飛ばすと、ロジェの持ってきた商品をおもむろに目の前に並べ始めた。様々なそれらの金属製品には全てバレット侯爵領製であることを示す商標が入っている。
「お客さん、あんた達は運がいいよ。ちょうどつい最近仕入れたばかりでまだ在庫があるんだ。あの有名なバレット商会の商品だよ。ここいらでうちより安く手に入れられる店はない」
おじさんの営業トークは留まることを知らない。ウィルはここで買わなくても自分のいる商会にいくらでも同じ商品があるのだから買わないと思うわ・・・とは思ったけれど、唾を飛ばしながら熱心に営業するおじさんが気の毒で私は黙って様子を見守っていた。
ウィルはそれらの製品を少し眺めて手にとっては戻すことを繰り返し、顔を上げた。
「ロジェ、少し話せるか?」
「え?俺??」
商品から顔を上げたウィルは何故かおじさんではなくロジェと言う少年を名指しした。ロジェはなぜ自分が名指しされたのかわからないようで戸惑っている。
「今仕事中なんだよ」とロジェは言った。
「ではここにあるバレット商会のエンブレムが入った商品を全て我々が買い取ろう。それで今日の仕事はお終いでいいか?」
「ええ!!ウィル、本気!?」
私はウィルの言い出したことに耳を疑い、思わず絶叫してしまった。だって、店の商品を全て買い取るなんて正気じゃないわ。こんなに沢山使わないし、いくら一つ一つが大した額ではないとはいえ全部となるとかなりの大金になる。
呆気に取られる私達に対し、一番最初に反応したのは「マジかよ・・・」と呟いた店番のおじさんだった。
「もちろんいいぜ!店の商品全部か。計算が大変だな・・・よし、100万トニールでどうだ!?」
「「100万トニール!?」」
今度は私とロジェが同時に叫んでしまった。だって、100万トニールと言えば貴族向けの高級馬車を買ってもお釣りがくるほどの金額のはずよ?
「100万トニールか・・・」と暫く考え込むように黙りこくったウィルは、最終的には「いいだろう」と頷いた。そして、一緒にいたイールさんにお代を支払うように促した。
イールさんはなんの疑問も持たないように恭しく小切手を取り出した。イールさん、止めないの!?
「これ以外の商品はこちらに船便で送ってください。送料分も追加で支払いましょう。いいですか?」
「もちろんだ!おい、ロジェ。話でもなんでも行ってこい!!旦那、また来てくれよ!」
イールさんに手元の短剣以外を指さされ、お店のおじはんはすっかりとホクホク笑顔だ。上機嫌でロジェの背中をバシンと叩き私たちの方へ行くように促した。本当に、小躍りでもしそうな歓びようだ。
そして、その商店から少し離れたところで立ち止まったロジェは、振り返ると睨むようにウィルを見据えた。
「あんたら、何が目的だよ。あんなに沢山商品買い占めてどういうつもりだ?」
「ロジェ、あれはどこから仕入れた?」
ウィルはロジェの質問には答えずに、ゆっくりとそういった。ロジェの顔には瞬時に警戒の色が現れた。
「あれは盗品じゃ無くてちゃんと金を払って仕入れた。本当だ。あんた達に会った国にあるフローレンス商会から仕入れたんだ。」
「フローレンス商会?」
「最近有名な商会だよ。シエラ夫人のやってる商会だ」
どうやら、ロジェはあの鉄鋼製品を盗んだと疑われていると思ったようで、焦ったようにウィルに言い訳を始めた。
シエラ夫人・・・
確か、最初にアール商会に寄ったときに聞いた我が国の女性が率いる新興の商会がシエル夫人だかシェーラ夫人だかと言っていた。シエルでもシェーラでもなくて、シエラ夫人だったのだろうか?どちらにせよ、聞いたことのない名前だ。
「なるほど」とウィルは頷いた。「君は次に会ったら僕たちにお礼をすると言っていたな?」
「言ったけど・・・」
「では、次にあの国を訪れた時にここを訪ねてきて欲しい」
ウィルは一旦言葉を切って胸元から会社の名刺をロジェに差し出した。
「これをもって僕を訪ねてきたというんだ。そこでお礼にして欲しいことを伝える」
ロジェは差し出された名刺を受け取って戸惑っていたが、その名刺を見てから「無理だ」と呟いた。
「無理?お礼はしてくれないのか??」
「違う。貰った恩はちゃんと返せって母ちゃんに教わった。でも、俺は字が読めないからこんなの渡されてもここを訪ねることは出来ねえよ」
ウィルはハッとしたような顔をしてから、「すまなかった」と謝罪した。そして、「ロジェの母君は良い人だな」と口の端を持ち上げた。
「バレット商会を訪ねて『ウィリアム・バレットに会いたい』と言ってこの名刺を出すんだ。必ず通すように守衛に伝えておく」
「なあ、それって俺に出来るようなお礼なのか?金は無いんだ。」
「勿論だ。君にしか出来ないし、お金は要らないよ」
ロジェはウィルをまっすぐに見据えてしばらく考え込むようにしていたが、小さく「わかったよ」と言った。




