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チェルドニ王国で私達はまず最初にバレット商会から製品を仕入れている一番の大口商会であるアール商会へと足を運んだ。アール商会はチェルドニ王国の国産品は勿論のこと、世界各地からチェルドニ王国に輸入された商品を扱っている商会だ。
アール商会の担当者と話しているとき、ウィルとイールさんはすっかり仕事の顔をしている。どこの国で何が流行ってるとか、次に何がくるからどういう物が売れるとか、横で聞いていても私には判らないことも多かった。
仕事の話が一段落したとき、私は商会にいる間ずっと気になっていたことがあったので直接アール商会の方に聞いてみることにした。
「こちらの商会には女性社員が多いのですね?」
「そうでしょうか?平均的な比率ですが」とアール商会の方にキョトンとした顔で答えた。
「でも、さっきから女性社員を沢山見かけますわ?」
「ああ、それは」とアール商会の方は柔やかに微笑んだ。「我が国は周辺国に比べて女性の就業率が高いのですよ。今は社員の2割ほどが女性です」
「2割も!」
私はとても驚いた。自分の感覚では、自営業以外で働く女性と言うのはかなりの少数派であり、働いていたとしても夫の手伝いをする程度だ。でも、この国では違うらしい。
「凄く先進的ですのね」
「そうですか?そちらでも敏腕な女性は何人もいるでしょう?ゴーランド子爵夫人はこちらでも有名です」
「まあ、そうですのね」と私は頷いた。
ゴーランド子爵夫人はユリアさまの事だ。確かに、ユリアさまは女主人としてカミーユさまのかわりにゴーランド子爵領の事業を一手に引き受けている敏腕経営者としての顔も持つ。
「あともう一人、最近よく名前を聞きますよ。シエナ夫人だかシェーラ夫人だったか・・・。申し訳ない、はっきりとは記憶にありませんが数年前に新興の商会を立ち上げられた方だとか」
私とウィルは顔を見合わせて首をかしげた。シエナ夫人だかシェーラ夫人。聞いたことが無いわ。爵位が付いて無いところからするとお金持ちの平民の方だろうか?私がイールさんに視線を送ると彼も肩を竦めたのでよく知らないらしい。国に戻ったら調べてみようと私は手持ちのメモにその名前を書きしたためた。
私達は滞在中、コークスの原料になる石炭の採掘現場やコークスの生成をするコークス炉も視察した。そこではコークス製造元のベテラン社員さんが説明してくれた。
「コークスと言うのは鉄鉱石の精製以外にはどんな用途があるのですか?」と私は視察先のベテラン社員さんに質問した。
「コークスは石炭から作られた燃料の一種で高炉を高温に保つために使用します。殆どの用途が鉄鉱石やその他の金属の精製です。冬場の燃料にすることも稀にありますが、木炭の方が遥かに多いでしょう」
「と言うことは、我が国に輸入されたコークスの殆どは鉄鉱石を始めとする金属類の精製に使われていると言うことですね?」
「その筈です」とベテラン社員さんが頷いた。
お父さまに見せて頂いた輸入量の記録ではコークスの輸入量はもう何年も変化していない。なのに、鉄鉱石の採掘量は減っていて、鉄鋼製品の輸出量も減っている。ほかの金属類も生産高に大きな差は無かったはず。その差分のコークスは一体どこにいったのだろう・・・
その視察により、私の疑問は解決するどころか益々深まってしまった。
私達はチェルドニ王国滞在中、色々なものを見せて貰った。チェルドニ王国は高い技術力を持つと聞いたことがあったが、確かに技術的には遥かに我が国を凌いでいそうだ。
見たままの本物のような絵を転写する小箱や、蝋燭を使わないのに火の点る灯り、どんな針子よりも素早く布を縫い上げる回転式ローラーの付いた針。そして、私が何よりも感動したのは鉄鋼で出来た箱型の乗り物が馬も繋がずに人を乗せて走っているというものだった。
「あの馬も繋がずに人を乗せて走っている乗り物は凄いわね。どうして走るのかしら?魔法なの??」
「さすがに魔法では無いだろうけど、確かに凄いね。きっと、数年以内に我が国にもあの乗り物が来る筈だ。間違いなく板状の鉄鋼の需要は増えるな」とウィルも感心したように頷いた。
そして帰国するための移動が翌日に迫ったその日、私達はお土産の購入のための買い物も兼ねて王都の街歩きをすることにした。
王都は人と物が溢れてとても賑わっている。
そして、この国の王都の繁華街で特筆すべき特徴はお店の中にお客さんが入る形式では無く、どの店も広い大通りの店舗の前にテントを出して品物を広げていることだった。
馬車や鉄の乗り物に乗った人が乗り物から降りなくても店の前で目的の物が買えるように、そのような店舗形態になったそうだ。
「お兄さん、いいのがあるから見て行きなよ」
「ちょいと、こちら新作ですよ。滅多に手に入らないような繊細な作りの革鞄だよ。どうです?」
ウィルと歩いていると次々に色んな売り子さんから声をかけられて、物珍しさから私はついついキョロキョロとしてしまう。
私の少し後ろを歩くカテリーナも周囲を興味深けに色々と見ていた。実はカテリーナには好きなものをお土産に買って欲しかったから、日頃の感謝をこめて少しだけ臨時のお給金を出してあげたのだ。
「お嬢さん、良質の珊瑚が入ってるよ」
たまたま目が合った貴金属店のおじさんに、見慣れない赤い色の石を見せられて私は足を止めた。珊瑚?何かしら??
「珊瑚って何かしら?この赤い宝石の名前なの?」
「珊瑚はずっと遠くの海で採れる宝石の名前ですよ。こんなに綺麗に赤色に色付いているのは珍しいよ。お嬢さんは運がいいね!」
人当たりの良さそうなおじさんは私に手のひらに乗せた小さな小石を見せた。オーバル型につるつるに磨かれているこの小石は、全体的に赤い色をしている。
「海で採れるの?真珠の仲間なの??」
「いや、真珠とは違うよ。珊瑚は元々は生き物なんだ。魔除けになるから御守りにいいよ」
「これが生き物?御守りになるの?」
私はおじさんの手のひらのその赤い石をまじまじと眺めた。赤いけれど、ルビーやガーネットのように透き通ってはいない。初めて見る石だった。話に聞き入る私に、ウィルも横から小石を覗き込んだ。
「カンナ、欲しいのか?買ってあげるよ」
「それがいいよ、お兄さん。恋人へのプレゼントにはもってこいだ。この中から選んでくれたら素敵なネックレスにするよ」
ウィルの言葉を聞いたおじさんは、俄然やる気を出して今度はウィルに対して熱心に営業トークを始めた。いつの間にか色んな色の革紐と金、銀の鎖を手元に用意している。
「では、金の鎖にしよう」とウィルはすぐに頷いた。
「ウィル、悪いわっ」と慌てて止めようとした私はカテリーナに肩をトントンとたたかれて振り向いた。
「お嬢様。ここはウィリアムさまに花を持たせてあげて下さいませ。殿方は思いを寄せる女性を喜ばせたいものなのです」とカテリーナは私にしか聞こえない小声で囁いて微笑んだ。
高い商品が売れたことに上機嫌のおじさんはテントの後ろの建物の中に金の鎖とその珊瑚を持って消えてゆき、暫くして綺麗に珊瑚がセットされた金のネックレスを持ってきてくれた。金の鎖と赤い石がとてもよく合っていて素敵な仕上がりだ。完成したばかりのそれを、代金と引き換えにウィルは受け取った。
「はい。付けてあげるよ」
その場で後ろを向くように促されて私は後ろを向くとハーフアップにしていた髪を持ち上げてうなじを曝した。すると、何故かとてもドキドキして胸が高鳴った。社交界ではいつも髪は纏め上げるし、ダンスの時はもっと密着する。それなのに、後ろから首もとに顔を近づけるウィルの気配がなんだかとても気恥ずかしい。
「出来たよ。こっち向いて」
振り向くとウィルは笑顔で私を見下ろしていて、「よく似合ってる」と微笑んだ。
「ありがとう。大切にするわ」
私は笑顔でお礼を言うと、胸元の赤い石を指先で一撫でした。金の鎖はウィルの髪の色、赤い石は魔除けの石。とっても素敵なプレゼントだ。




