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ウィルと気持ちを通わせた公爵家での舞踏会から早一月、私は幸せと羞恥の狭間で悶えていた。今日はお友達のエリーゼが我が家に遊びに来てくれたのだけれど、開口一番から振られた話題はやっぱりあの日の舞踏会の話だった。
「カンナ。あなた達ったら、なんでも舞踏会会場のテラスで愛を叫んで抱擁しながら熱い口づけを何度も交わしてたらしいじゃないの?!下手な歌劇よりよっぽど情熱的だったってもっぱらの噂よ?」
興奮して詰め寄るエリーゼを前に、私は眉間に手をあてた。
確かに愛は叫んだわ。私が一方的に乱入して叫んだのよ。
抱擁もしたわ。確か、ウィルに抱きしめられた気がするもの。
でも、最後の熱い口づけを何度もと言うのは完全な誤解だわ!
1回だけ、ほんのちょっぴり触れただけよ?私は初めての口づけだったし、ウィルもきっと初めての筈よ?私達にそんな熱い口づけを何度もなんて、手馴れた恋愛上級者みたいなことが出来るわけないでしょ?もしウィルが初めてのじゃなかったら結構、いいえ、ものすごくショックだわ。
私はコホンと1回だけ咳払いをした。人の噂というのは恐ろしい。尾鰭がついてどこで何を言われているかわかったものではないわ。
「エリーゼ、その噂は多分に話が盛られているわ」
「そうなの?でも、何人もの目撃者が居るって聞いたわよ」
「でも、かなり誇張されてるわ」
あの日の私は本当にどうにかしてたわ。公衆の面前で愛を叫び、更に人目のある可能性がある場所で抱擁して口づけするなんて!!しかも、事もあろうか噂好きの貴族達の前でよ?本当にあり得ないわ・・・
おかげで私とウィルは後付けで、公表が遅れただけで既に婚約者同士なのだと両家から発表された。あんな多くの人の目の前でラブシーンを見せてしまっては、両家とウィルの名誉のためにもそうするしかないわ。
「そう言えば、ウィリアムさまは何故あの日に花の嬢をエスコートしていたのかしら?」
エリーゼは思い出したようにそう言うと、大きな琥珀色の目をぱちくりとさせた。
花の嬢・・・。これもウィルの名誉のために真実を言うわけにはいかないわ。女性の口説き方を真剣にレクチャーされてたなんて知られたら、貴族連中のいい笑いのネタにされるだけだもの。でも、ウィルが花の嬢を連れていたことはすでに多くの人に知られてしまっている。
「迷子の花の嬢に道案内をしていたらしいわよ?」
「迷子?花の嬢の方がよっぽど街には詳しそうだけど?」
「まだ王都に来たてで、たまたま詳しくない方だったのよ。ついでに、社交パーティーにも行ってみたいと頼まれてエスコートしてあげたみたい」
「ふーん、そうなの?ウィリアムさまったら随分とお優しいのね」
私のかなり苦しい釈明にエリーゼは不思議そうに首をかしげたけれど、それ以上は話を追求せずににっこりと微笑んだ。
「でも、カンナがウィリアムさまとちゃんと仲直りして良かったわ。前にお茶会をしたあの時、あなた達喧嘩していたでしょう?ウィリアムさまが誰を恋人にしようが自分には関係がないなんて言ってたから、すごく心配してたの」
「それは・・・」
「だって、ウィリアムさまってカンナしか見えてないって有名なのよ?候爵家嫡男であの見た目でしょう?色んなご令嬢のご家庭からのお茶会のお誘いやエスコートのご依頼が沢山あるのに、ことごとくお断りしてるのよ。それで、一体何をしてるのかと思えばディルハム伯爵家まで足繁く通ってカンナに会いに行ってるのだもの」
私は予想外の話に目を丸くした。ウィルは確かにかなりの頻度で私のもとに訪れていた。けれど、それはウィルがよっぽど暇なのだからだと思っていた。まさか、様々なお誘いを全部断って自分のところに来ていたなんて想像すらしなかった。
「もう喧嘩しないようにね」と言って、エリーゼは私にウインクをした。
「うん。彼を大切にするわ」
私がはにかむと、エリーゼもウフフッと笑った。
私は今まで社交会の付き合いを徹底的に避けていたので親しい女友達もいなかった。けれど、久しぶりに女友達とお喋りすると私の気分は羽がはえたかのようにふわふわと高揚した。友達っていいものだな、と思った。
「カンナとウィリアムさまは相思相愛ね。私もレオンさまと愛を語らい合うんだから」
にこにことしたエリーゼにレオンと聞いて、私はハッとした。そう言えば、エリーゼの婚約者はクランプ候爵家の嫡男のレオンさまなのだ。レオンさまはアニエスの甥に当たり、アニエスが亡くなった時にまだ乳飲み子だった。
「ねえ、レオンさまのご家族はお変わりない?」
「レオンさまのご家族?みんなお変わりないわ」
首をかしげるエリーゼに、私は「そう」と笑顔で相槌をうった。
今現在、私はアニエスの時の家族であるクランプ候爵家とはなにも縁が無い。レオンさまは舞踏会でエリーゼと一緒にいたから見かけたけれど、アニエスのお父さまとお母さまは元気だろうかと気になったのだ。
「私があちらに輿入れしたらカンナも遊びに来てよ。あなたの義理の両親になるスフィアさまとエドウィンさまもよくいらっしゃるみたいよ?」
「スフィアさまとエドウィンさまが?」
それは私にとっては意外な話だった。スフィアさまとエドウィンさまがよくクランプ候爵家を訪れている??
「ええ。元々エドウィンさまはクランプ候爵と仲良しだし、お二人とも亡くなったクランプ候爵の妹君とも親しかったみたい。定期的に訪れてはいつも墓前に花を手向けてるってレオンさまが仰ってたわ」
「定期的に花を?」
「凄く素敵な方だったんですって。私も肖像画を見たけれど、傾国の美女だったわ。美人薄命なのね」
傾国の美女、、、さすがにそれは言い過ぎだわ。でも、私が言うのもなんだけれど、確かにアニエスは当時の社交界でも特に目立つ華やかな美女だった。
「もう亡くなってから20年近いのに、お二人ともとてもその方を愛してたのね」
エリーゼは頬杖をついてそう呟いた。
愛してた?2人がアニエスを??
思いがけないその言葉は私の心にじーんと染み渡った。アニエスは2人に恨まれていたのではなくて、愛されていた?
『君は勘違いしている』
『まわりをもっとよく見るんだ』
アーロンさまのこと以外にも、ガイドの言葉の意味が今頃になって少しずつ理解できてきた。彼はさぞかし私のことをカチコチ頭の出来の悪い子だと思っていただろう。
「エリーゼ、是非こんど遊びに行かせてね?」
私がお願いすると、エリーゼはキョトンとした顔をしたあとに「勿論だわ」と花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
私の意地悪な導き手。でも、彼はいつだって私の味方だと言ってくれた。
「ありがとう」
私が小さく呟くと、耳元で「どういたしまして」と囁く声が聞こえた。
ここまでで『前世の罪』の章は終わります。次話からは『今世の罰』の章です。
罰を受けるのは一体誰なのか。私はざまぁ展開を書くのが苦手なのですが、頑張ってみます^_^;




