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「ウィル!あなたが好きだわ」
「あなたのことをずっと昔から愛してる」
私はウィルとその恋人と覚しき女性の逢瀬に乱入してそう叫んだ。ウィルは完全に予想外だったようで呆然としており、恋人と覚しき女性は驚きで目を瞠り、顔の下半分は扇で隠しているため表情は読み取れない。
ここへ来て、私の頭は急速に冷静さを取り戻して来ていた。
私は恋人同士の逢瀬中に突如乱入してその片方に愛を叫んだわけなのである。呆然とした2人の視線が突き刺さる。突き刺さり過ぎて痛いわ。
この状況で私、一体どうすれば良いのかしら・・・
そこで私は姿勢を正すと扇で顔を隠し、その場から逃走することにした。
「それではお二人とも、ごきげんよう」
愛想笑いを貼り付けたままオホホホホッと笑って2人の呆然とした視線をやり過ごす。
だって、いたたまれないわ。恋人と2人の時間を過ごしている男性に向かって、感情の赴くままに第三者の私が愛を叫んだのよ?あり得ないわ。お相手の女性もさぞかし不愉快に思われたでしょう。
恥ずかしい、恥ずかし過ぎるわ!!穴があったら入りたい。
いそいそと背を向けて舞踏会会場の広間に戻ろうとした私を引き留めたのはウィルだった。
「カンナ、待って!」
ウィルは声をかけるのと同時に私の腕を掴んだ。しっかりと腕を掴まれてしまったので、私は錆び付いた蝶番のようにぎこちなく首を回してウィルに愛想笑いをした。
「あの、私のことはお気遣いなく。急にどうしても言いたくなっただけなのよ。これは・・・、そうね、事故のようなものだわ。2人の逢瀬中に不幸な事故が起きたのよ。本当に申し訳なく思っています。だから、2人はよろしくやっててくれて良いのよ?邪魔者は退散しますので」
そのまま退散しようとしたけれど、ウィルの手が私の腕をしっかりと掴んだまま離さない。チラッとウィルを窺い見ると、その眉間に深い皺が寄っていて明らかに不機嫌そうだった。怒っているわ。
「あの、本当にごめんなさいね。邪魔するつもりじゃなかったのよ。結果的に邪魔したことは否定できないから謝るわ。どうか私のことは無かったことにして、続きを・・・」
「無かったことに??」
ウィルの声が一段落低くなった。ものすごく怒っているわ。どうしましょう。私は助けを求めるために視線を泳がせると、可哀想なものでも見るような目をした相手の女性と目が合った。
「あなたがカンナさま?」
「・・・はい」
「私の名誉のために言わせて戴きますけれど、私はこんなことはおよしなさいと散々申し上げたのですよ?けれども、バレット子爵がどうしてもと頼み込むから仕方なくお受けしたのです」
その女性はため息交じりにそう言った。
バレット子爵とは、侯爵位を継ぐまでの間ウィルが使っている爵位のことだ。ウィルがどうしてもと彼女に頼み込む。それは、ウィルからどうしてもと請われて仕方が無く恋人同士になったということ?
私の胸にはまたツキリと痛みが走った。
「バレット子爵。この様子なら私が出る幕は無さそうですからお暇させて頂きますわ。きちんと報酬は戴きましたから、お気遣いなく」
「え?あ、ああ」
目の前の女性はヒラヒラと片手を振ると、広間の方向に向かって優雅に歩き始めた。私はサーッと血の気が引くのを感じた。
私の乱入のせいで、ウィルがなにか誤解されて新しい恋人から置き去りにされつつあるわ。とんだ疫病神だわ。
「ウィ、ウィル!!追いかけないとっ!!」
「なぜ?」
ウィルは不思議そうに首をかしげた。
なぜ?何故ですって!?だって、あなたの恋人がいままさに何かの誤解をされて去ろうとしているのよ??
「そんなことより、僕はカンナと2人で話したい。さっきの言葉は本当?」
そんなことより!?私は耳を疑った。そんな私の心の内など露知らず、ウィルは熱っぽい視線を私に向け、頬は紅潮している。
「ウィル!!あなたがそんなに不誠実だとは知らなかったわ。まだ間に合うから彼女を追いかけるのよ。どうしてもと頼み込むほどに彼女を愛しているのでしょう?」
「カンナ?僕が愛してるのはカンナだ。だから、こうして君の傍に居る」
私は目を見開いた。一体どういうことなの?新しい恋人が出来たんじゃ無いの?そこまで考えて、私はハッとした。彼女は花の嬢。ということは・・・
「ウィル、あなたまさか欲求不満の捌け口に彼女を利用して使い捨てるつもり・・・」
「ちょっと待って!それは誤解だ!!僕は確かに彼女を雇ったけれど、春は買ってない!」
ウィルは酷く慌てて狼狽えだした。先程までは少し赤いくらいだった顔が真っ赤になっている。
え?どういうこと??そして、ウィルは言いにくそうに小さな声でぼそりと呟いた。
「実は、彼女には女性の口説き方をレクチャーして貰ってた」
「は?女性の口説き方をレクチャー??」
あまりに予想外の言葉に、私はポカンとしてしまった。女性の口説き方のレクチャーってなんですか??
「だから!カンナが僕のプロポーズを受け入れないのは僕の口説き方が悪いのかと思ったんだ!それで、彼女にスマートな口説き方をレクチャーして貰ってからリベンジしようと思って。彼女は玄人で口説かれ慣れてるし、こんなことは他のご令嬢には頼めないし・・・。それと、彼女にはその報酬としてお金の他に社交パーティーに同伴する約束をしてたんだ。彼女はお金をくれる次の貴族の恋人を捜す必要があるからね」
ウィルの顔は益々赤くなり、語尾にいくにつれて声がだんだんと小さくなった。
私を口説くために玄人の花の嬢を先生として雇った?ちょっとそれは予想外すぎるわ。じゃあ、ウィルに新しい恋人が出来たわけでは無いの?
「私に愛想を尽かして、距離を置いたんじゃないの?」
「まさか!カンナを前にするとすぐに結婚しようと思う気持ちが盛り上がりすぎるから、冷静になろうと思ったんだ。僕が愛してるのはカンナだけだよ」
「だって、私に会いたくなくてトルク座のチケットは取るなって・・・」
「なんで、そうなるの!あれはカンナの喜ぶ顔が見たくて僕がチケットを取ろうと思ったから、チケットが被らないようにそう伝えたんだ」
ウィルは小さくため息をつくと、真っ赤なままで気まずそうな顔をしながら私の肩に手を置いた。
「カンナ、お願いだ。もう一度聞かせて」
懇願するように青の双眸に真っ直ぐに見つめられて、私は鼓動が速まるのを感じた。私は一度目を閉じてから、ウィルを真っ直ぐに見つめた。
「あなたのことを愛してる」
その瞬間に、私はウィルにしっかりと強く抱きしめられた。
「カンナ、君が何かに悩んでることも知ってる。僕は一緒にその悩みを解決することは出来ないかな?君を愛してるんだ。カンナ、僕を信じて」
その言葉を聞いたとき、脳裏に懐かしい声が響いた。
『アニエス、僕を信じて』
アニエスは最後に彼に言ってしまった言葉を死ぬまでずっと後悔してた。私は少し緩まったウィルの腕の中で体を離すと、彼を見上げた。
「ええ、ウィル。あなたを信じるわ」
感極まった私が溢れそうな涙に耐えながらそう言うと、ウィルまで泣きそうな顔をして微笑んでくれた。そして、半泣きの私達はぎこちなく唇を重ねた。ただ触れるだけのその唇の柔らかさから言いようのない幸福感が広がる。
私が望んでいたのは、この場所なのだ。私は確かにそう確信した。でも、もう一つだけ言いたいことがあるわ。
「ウィル、花の嬢はもう雇わないで。何も無くても嫌なの」
ウィルはなんともバツが悪そうに視線を泳がせると「ごめん」と小さく呟いた。
それから、私達はもう一度目を合わせると微笑み合った。
ウィルはカンナの事になると大真面目にアホになります




