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 煌びやかな舞踏会の会場の入り口で、私は小さなため息を一つついた。


 今日はお父さまに言われてウインザー公爵家の主催する舞踏会に参加することになっている。こんな大規模な舞踏会を定期的に開催するなんて、さすがは公爵家だわ。

 前回ここで開催された舞踏会に参加したときは私の隣にはウィルがいた。けれども、今回は私のエスコートはお父さまがして下さっている。

 大理石の床に煌びやかなシャンデリア、着飾った人々。何もかもがあの日と一緒なのに、私の隣にウィルはいない。ウィルはこの舞踏会に一緒に参加しようと誘ってくれたのに、断ったのは私だ。なのに、私の心にはぽっかりと穴が空いたようだった。


「今宵あなたのお相手を務める光栄を頂けますか?」


「ええ、もちろんです」


 多くの男性から次々とダンスのお誘いを受ける中、私はただ笑顔を浮かべてそれをこなした。お父さまはこの中の誰かと私にロマンスが生まれるのを期待しているようだけれど、きっと無理だと思うわ。だって、私はお相手が誰だったのか、顔すらよく覚えていないのだもの。


 何人かとダンスを踊り、やっと一息ついたときに私は舞踏会会場の隅に見覚えのある立ち姿を見つけた。

 金色のサラサラの髪を見ただけで、ウィルだとわかった。金色のサラサラの髪の人なんて何人もいるのに、たった一瞬だけ後ろ姿だけで彼だとわかるなんて。


 ウィルはこちらに気づいておらず、一人で居るようだった。部屋の隅で近づいてきた友人らしき人と会話を交わし、すぐに別れていた。そのまま視線で追っていると、ウィルは何人かのご令嬢に声をかけられて笑顔で対応していた。私の胸がツキリと痛む。


 暫くして、ウィルがその場を動きだすとその腕に一人の女性が絡み付いた。その様子を見て、私は身体を硬直させた。その女性はウィルがエスコートしている相手のようで、ウィルは腕に手を絡められても振り払わずに女性には笑顔を見せていた。


 私の心がズキズキと痛みだす。


 いやだ、その手を離して。

 何故あなたはそこに居るの?

 ウィルの隣は私の場所だったのに!

 

 そこまで考えて、私はハッとした。同じだ。あの時のアニエスと私は全く同じになりつつある。


 私は自分の身体を強く抱きしめた。怖い。底知れぬ恐怖が私を襲う。


 やはり私は恋などしてはならないのだ。私はアニエスと同じように嫉妬に狂う醜女へと成り果てるのだろうか。


 怯える私に再びガイドの声が頭に響いた。


『君は何を望んでる?』


 私は、私は・・・


 視界の端にウィルとウィルのパートナーの女性がテラスに出ようとしているのが映った。


 いやだ。行かないで。


 ウィル、私を置いて行かないで。


 お願い、行かないで!


 待って、ウィル・・・


 目に涙が浮かんできて視界が滲んだ。こぼれ落ちた雫が頬を伝うのを感じた。


 お願いよ、ウィル。私を置いて行かないで・・・


『何のために君は記憶を戻すことを望んだ?今も君はそれを望んでる』


 ガイドの声が再び頭に響いた。


 激しい頭痛がして頭を押さえたその瞬間、私の中には怒濤のように前世の記憶の波が流れ込んできた。

 バレット候爵家でティーカップが割れたとき以来の衝撃と、私の想像を超えたアニエスの凄惨な人生の幕引きに私は身体が崩れ落ちそうになった。それを、近くの手すりに掴まって必死に支えた。


 ああ、そうか。そうだった。

 私がこの辛い記憶を残してまで望んでいたことは・・・

 

 次の瞬間、私は走り出した。まわりからはしたないと言われようが構わない。私は彼に伝えなくてはならないから。


 初めて会ったときに私に悪戯をしてきた。


 何年も会ってないのに気に掛けてくれていた。


 つれない私にいつも愛情を注いでくれる。


 私のことを私以上に知っている。


 彼の前だと素の自分になれる。


 そして、私より二つ年下。


 全部偶然だと言われればそれまでで、何一つ確証なんてない。けれど、私は確信してる。 


「ウィル!!」


 テラスに出たウィルと寄り添う女の人に向かって私は力の限り叫んだ。私の声に振り返ったウィルは私の姿を確認した途端、驚きのあまり、瞳がこぼれ落ちそうなほどに目を見開いた。女の人も驚いた顔をしていて、口元を扇で被っている。地味な私とは違って、とても華やかな美人だった。


「カンナ、なんで・・・」


 驚くウィルに構わず私は続けた。出不精な私が舞踏会会場に現れることも、新しい恋人との逢瀬中に私から声をかけられることも想定外だったのだろう。でも、私は今言わないと、きっと後悔する気がした。


「ウィル!あなたが好きだわ」


 私の言葉を聞いたウィルは益々目を見開いて、自分の口元を片手で抑えた。


「あなたのことをずっと昔から愛してる」


 そう言った瞬間、耳元に「ねぇ」と呼びかける声がして私は声の主を睨めつけた。どうしてこの大事な瞬間に現れるのかしら。それに、大聖堂以外でも会えるなんて聞いてないわ。


「ガイド、あなたって意地悪だわ」


 睨めつける私に対し、ガイドは信じられないほど美しい顔を近づけてにんまりと笑った。


「酷いな。良いことお教えてあげようと思ったのに。僕は君の最愛の審判に立ち会った。彼の望みは極めて人間的で自分の欲に忠実だったよ」


「極めて人間的?」


「ああ。『来世では健康な体になって生まれ変わった君に会いたい。その時は君を虜にしたあの男に負けない容姿に、あの男に負けない爵位を』と。きっと、ずっと嫉妬してたんだろうな」


「ガイド、あなたってやっぱり意地悪だわ。今頃になってそんなこと言うなんて。もっと早く言うべきよ?」


 ガイドはケラケラと笑うと「感動的な望みの叶え方だっただろ?」と言って姿を消した。


 これが感動的ですって?新しい恋人との逢瀬中に乱入したのよ?私の導き手はやっぱり意地悪だ。




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