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ほのぼの回です
心地良く揺れる馬車の中から窓の外を覗き、私は歓声を上げた。屋敷の建ち並ぶ風景はいつの間にかのどかな田園風景へと変わり、馬車通りの両側には草原が広がっている。そして、その一面の緑の中に背の低い黄色やピンク色の花が咲いている。
「わあ、綺麗!」
「たまには出掛けるのも良いだろ?」
2人乗りの馬車の隣に座るウィルも私の横から窓の外を覗きこんだ。男の人なのに、肌が綺麗だなぁ。そんなことまでわかってしまうほどの距離の近さに少し気恥ずかしさを感じた私は、慌ててウィルから目を逸らすと窓の外に意識を集中させた。
今日はウィルと郊外にピクニックに来ている。なぜ引きこもりの私がウィルとピクニックに来ているのか?それは、なんともおかしな成り行きだった。
その日、いつものようにディルハム家の屋敷を突撃訪問をしてきたウィルは、帰り際に舞踏会の招待状を見せてきた。
「カンナ。また今度ウインザー公爵家で舞踏会があるんだ。一緒に行こう」
「えー、嫌よ」
私はすぐに断った。以前は私とお父さまが頻繁に繰り広げていた社交パーティーに行く行かないのプチバトルの相手は、いつの間にかウィルに変わっていた。ウィルは私に断られることを見越していたのか、割とすぐに招待状を胸元に仕舞った。
「仕方が無いな。じゃあ、今日はカンナに選択肢をあげよう。どっちか選んで。僕と舞踏会に行くか、僕とピクニックに出かけるか」
「舞踏会に行くか、ピクニックに行くか?」
「そう」
舞踏会に行くか、ピクニックに行くか。私はうーん、うーんと真剣に悩み始めた。
舞踏会に行くとなると、またドレスを用意して色々な人とダンスしたりお喋りしなきゃいけないわよね?ピクニックは・・・ウィル以外とは会わないわね。となると、ピクニックかしら?ドレスも要らないし。そう言えば、もう何年もピクニックなんて行ってないわ。よし、ピクニックにしよう!私はそう決めた。
「ピクニックにするわ!」
「わかった。じゃあ、明後日馬車で迎えに来るよ」
にっこりと微笑んだウィルの顔を見て、私はハッと気づいてしまった。どうしてここに『どこにも行かない』の選択肢は無いのだろうかと。
舞踏会とピクニック。これではどっちにしても私は外に連れ出されるという非常に不公平な選択肢だ。しかし、こうやって選択肢を提示されると不思議なことにこの二つから選ばなければならないような気がしてしまった。
「ウィル?この選択肢はなにかおかしくない?」
「何が??何もおかしくないけど?」
そうか、おかしくないのか。んん??
「でも、どっちにしても私が出掛けることになるわ?」
「そう?まあいいじゃないか」
え!?そんな軽く話が流されちゃうの?
ウィルは話が終わったものとして帰り支度をしている。まあでも、引き留めるのも悪いしピクニックくらい良いかしら、と思った私は大人しく流されておいたのだ。
そして話は戻って本日私はウィルとピクニックに来ている。ウィルが選んだのはタウンハウスから馬車で一時間ほどの場所にある丘で、今の季節は花が見頃らしい。馬車が止まって外に出ると、辺りは一面が草花の混じる草原だった。黄色やピンク色の花は近くで見ると中心が紫色をしていて、とても可愛らしい。花に寄る蝶やミツバチもいて、子供の時以来の久しぶりのこの感覚。私はなんだかとっても楽しい気分になってきた。
「これ、子供の頃によくカンナが編んでた花?」
ご機嫌な気分で暫く2人で歩いていると、ウィルは足元に生えている花を指さして私に聞いてきた。子供の頃、私はよく庭園で花を摘んで花冠を作っていた。でも、あの花はもう少し小ぶりだったわ。
「似てるけど違うわ。でも、作れるかも」
私は花を何本か摘んで、かつて花冠を作ったように編み込み始めた。一本を芯にして、そのまわりに別の花を巻き付けるように編み込む。花の種類は違うけれど、茎の太さや柔らかさが似ていたので難なくそれは編み上がった。
「出来た!」
「上手だね。さすがカンナだ」
出来上がった花冠は久しぶりに作ったにしては上手に出来ていた。ピンク色と黄色を交互に入れたので可愛らしい雰囲気に仕上がったわ。
「ねえ、ウィル。しゃがんで?」
ウィルは不思議そうな顔をしたけれど、私の言うとおりにしゃがんでくれた。私はウィルの金色の髪に今作ったばかりの花冠を載せた。金色のキラキラしたさらさらの髪にピンク色と黄色な映えていてとっても素敵だわ。昔も時々ウィルの頭に花冠を飾ってあげたっけ。
「うん、似合うわ!」
私が目を輝かせると、当のウィルは何とも微妙な表情をした。そして、頭に乗せられたばかりの花冠を自分で外してしまった。
「えー。似合ってたのに!」
ウィルが花冠を外してしまったことにふて腐れる私を呆れたように見下ろした。そして、今度は私の頭にぽんとその花冠をのせた。
「僕が花冠をかぶって似合ってるって絶対おかしいだろ?僕は男なんだけど??カンナの方が似合ってる」
「でも、ウィルの髪はキラキラしててさらさらで綺麗だから」
「何言ってるの。カンナの髪の方がふわふわで柔らかくて綺麗だ。ほら、可愛いよ」
私の髪に触れてから私の顔を見つめてにっこりと微笑むウィルの笑顔に、胸が小さくトクンと跳ねた。
私たちはしばらく辺りの草原を散歩してから、おやつに持ってきたお菓子とお茶を広げた。お菓子は今日も私の手作りの焼き菓子だ。
私がお茶を入れると、ウィルはありがとうと微笑んでそれを受けとった。だいぶ冷めてしまったけれど、冷めても美味しいお茶を選んできたので問題ないだろう。そして、ウィルはいつものようにクッキーをポイッと口に放り込んでもぐもぐと咀嚼した。
「いつも思うけど、ディルハム家のクッキーって甘さ控え目で美味しいよね」
「そう?ありがとう」
今日は紅茶の茶葉を混ぜ込んだサクサクのクッキーと、ナッツを混ぜ込んだほろほろのクッキーを作ってきたのだ。初めて屋敷の料理人に教えて貰って作り始めてから、かれこれもう5年以上も経つ。私の腕も自然と上がるというものだ。もしかして私、将来はお菓子屋さんになるという選択肢もあるかしら??
「屋敷の料理人が作ってるの?今度お土産に包んで貰おうかな」
「私が作ってるの。そんなに気に入ったならまた作ってあげるわ」
「え??」
ウィルがキョトンとした顔をしたので私は聞こえなかったのかと思ってもう一度同じ事を言った。
「私が作ってるの。また作ってあげる」
「え?そうなの??」
「そうよ?」
ウィルは暫くびっくりしたように口に手をあてていたけれど、だんだんと嬉しそうに顔を綻ばせた。
「うん、作って。ずっと作ってくれたら嬉しいな」
「ずっと?」
「うん」
ウィルはにこにこしているけど、ずっと作ってあげるということはウィルの家に料理人として雇ってもらうということだ。私は何のために結婚せずに修道女を目指しているのか?それは、今世では私の醜い嫉妬心の被害者を出さないため。特に、他ならぬウィルのご実家のバレット候爵家には絶対に迷惑をかけられない。
「ずっとは難しいわ」
「え?!」
「だって私、バレット候爵家の料理人にはなれないもの」
真面目な顔で答えた私に、ウィルはものすごくショックを受けた顔をしたあとに、今度は何とも言えないような渋い顔をした。
ウィル、そんなにこのクッキーが好きだったなんて・・・
バレット候爵家でも料理人が作れるように今度レシピをしたためて渡してあげよう。私は心の中でそう決めたのだった。




