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 昨日に引き続き、今日も私はカテリーナを連れて再び図書館を訪れた。今日の探し物の本は昨日借りたもののすぐ隣りに配置されており、すぐに見つかった。

 私は3冊の貴族年鑑を書架から持ち出すと、閲覧者向けの机に置いた。今から18年前から16年前、つまり、アニエスが亡くなった年からその少し後までの貴族年鑑だ。


 私はまず18年前の貴族年鑑を開いた。探していたクランプ侯爵家の記載を確認すると、アニエスの部分に既に逝去したことを意味する◆印が付いていた。

 貴族が死亡した場合、死亡した日から一年以内の発行日の貴族年鑑には◆印が付いて掲載され、翌年版以降は記載から削除される。アニエスの死因は『突然死』、享年17歳とされていた。


 私には前世の記憶がかなり戻ってきているけれど、実は自分が死ぬ前の辺りの記憶は一切が抜け落ちている。いつもあの子が泣き叫ぶおぞましい光景で目が覚め、その先を見たことが無いのだ。ただ、あのおぞましい光景の事件が起きてから程なくしてアニエス(わたし)は死んだ。それは間違いが無いようだ。


 私は更にこの貴族年鑑を読み進めたけれど、その他の家については前年と変わった部分は見られず、皆の年齢が一つ進んでいるだけだった。敢えて変化を言うならば、アニエスとスフィアさまの出会いであったお茶会を主催したマクロニア伯爵令嬢のユリアさまがスフィアさまの下のお兄さまであるゴーランド伯爵家次男のカミーユさまと結婚していたことくらい。

 私の断片的な記憶では、マクロニア伯爵令嬢のユリアさまはスフィアさまを面白く思っていない貴族令嬢の代表格だった。そのユリアさまがスフィアさまのお兄さまと結婚されるなんて、少し意外に感じた。


 その翌年の貴族年鑑を開くと、当たり前だが既にアニエスのことは何処にも書かれていなかった。その代わり、ディルハム伯爵家にカンナ・ディルハム、つまり今の私の名前が新たに加わっていた。

 スフィアさまとエドウィンさまはこの前年にご結婚されたようで、バレット侯爵家に新たにスフィアさまの名前も加わっていた。


 私は最後に16年前の貴族年鑑を開いた。特に気になるような記載は無い。ただ、マンセル伯爵家の部分に変化があり、アーロンさまの横に◆印が付いていた。死因は『病死』、享年は20歳となっていた。


 私はそれだけ確認し終えると、貴族年鑑をパタンと閉じた。カテリーナを見れば、昨日読んでいた恋愛小説があと少しで読み終わりそうなところまできている。私はカテリーナの読書の邪魔をしないように、貴族年鑑を書架に戻すと適当に本を見繕って時間を潰した。









 すっかりと夜の帳がおりて既に寝る時間になっている。けれど、私は枕元にランタンを置いて旅行記の本を読んでいた。そろそろ寝ないと明日の朝に響くのはわかっている。けれど、私はもう少しだけ、と思って旅行記のページを進めた。


 眠るのが怖い。


 その思いは最近、漠然とした恐怖感として私を襲う。前世の記憶は殆どの場合、夢で甦っていた。そして、最近は以前に比べて特に前世の夢をみる頻度が高い。私は夢のその先を見ることが、そして、これ以上醜い自分を見せ付けられることが怖くて堪らなかった。





──

───


 私は舞踏会の会場に来ていた。私をエスコートしてくれているのは一つ年上のマンセル伯爵家の嫡男であるアーロンさま。そして、私の視線の先には一組の見目麗しい若い男女の姿があった。


「アニエスさま、ご機嫌よう」


 私は自分からは彼らに声はかけなかったけれど、向こうが私に気づいて笑顔でこちらに寄ってきた。私は何ともないような素振りで笑顔を浮かべて出迎える。


「ご機嫌よう、エドにスフィア。お二人とも今日もとても素敵ね」


 にっこりと微笑んだ私の褒め言葉に、スフィアは頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。スフィアは今日も私がお下がりとして何着か差し上げたドレスのうち1着を着ている。私のために作られたそのドレスは、悔しいくらいスフィアにとてもよく似合っていた。

 そして、私はスフィアのエスコート役のエドから挨拶をされて指先にキスを受ける。エドは容姿も作法も相変わらず洗練されていて、今日も文句なしに素敵だった。


 スフィアの社交界デビュー以来、なし崩し的にスフィアのエスコート役は常にエドになっていた。そして、エドというエスコート役を失った私は、数ある貴族のご子息からのお誘いの中からマンセル伯爵家のアーロンさまを自分の新たなエスコート役に選んだ。

 理由は簡単。私のエスコート役を(こいねが)う多くの貴族のご子息の中でアーロンさまが一番見目麗しく爵位も私と釣り合いがとれていたから。それに、アーロンさまは私のデビュー以来ずっと私にご機嫌伺いを続けていらっしゃって、とても熱心だったから。


 目の前で私のために作られたドレスに身を包み美しく着飾ったスフィアが、私のエスコート役であったエドの腕に手を添えて二人は仲睦まじく微笑み合っている。


 そこは私の場所だったのに。

 なぜスフィアが当然のようにエドの隣に居て、私は二人と笑顔で談笑しているの?


 回を重ねる度に、私の中で段々と黒いものが大きくなる。私は強張りそうになる顔を鍛え抜かれた仮面の笑顔に変えてやり過ごした。


 ねぇ、私はあとどれ位この苦しい時間を耐えればいいの?


 しっかりと背筋を伸ばして凜と澄ましていなければ、みっともなく泣いてしまいそうだった。


 私が別のご子息にダンスの申し込みをされたのを機に、私たちは会話を終えた。一曲ダンスを踊り終えると、エスコート役のアーロンさまが私の分までドリンクを持って広間の端で待っていてくださった。 


「なあ、アニエス。外に行かないか?」


 アーロンさまのお誘いに私は無言で頷いた。エドが隣にいない舞踏会など、私にとって何の意味も無い。

 テラスは少し冷たい風が吹いていて、私の頭も冷えてきた。

 

「少しは落ち着いた?」


 炭酸入りのドリンクを私に手渡しながらアーロンさまがそう聞いてきたので、私は首を傾げた。


「私は最初から落ち着いていますわ?」


「でも、辛そうにしてた」


 私は驚きで目を見開いた。私は常に完璧な淑女を目指しており、笑顔の仮面を貼り付けることには慣れている。あの2人ですら気づいていなかったのに、なぜあなたにはわかるの?


「何を仰っているのかわかりませんわ」


 私は咄嗟に手に持っていた扇で口元を隠し、戦闘用の笑顔を再び貼り付けた。


「凜としているアニエスはもちろん美しいけど、いつも気を張っていると疲れてしまう。僕の前では気を楽にしてていいのですよ」


 アーロンさまはにこりと微笑むと私から目を逸らし、手に持っていたお酒を口に含んだ。そして、それ以上は私に何の詮索もしてはこなかった。

 しばらくそうやってテラスの手すりに寄り掛かり過ごしていると、後ろから聞き覚えのある声がして私は体を強張らせた。


「アニエスさま!アニエスさまもこちらにいらしたのですね」


 鈴の鳴るような可愛らしい声に、隣にいたアーロンさまは小さく舌打ちした。振り向けば、スフィアとエドがホールから出てきたところだった。


「ええ、酔いを覚ましに外に出てたの。でも、冷えてきたからそろそろ戻ろうかと」


 私がそう言い終えるか終えないかという時に、ザッと大きく風が吹いて私達はぶるっと震えた。


「アニエス、震えてるじゃないか。スフィア、これを借りても?」


 エドはスフィアの手元のショールを指さした。それに対してスフィアはすぐに頷いた。


「ええ、もちろんよ」


 スフィアが手に持っていたのはテラスに出る人向けに会場で用意されたショールだった。会場ではテラスに出る人のために貸し出し用のショールが用意されていたけれど、生憎私はそれを受け取ってきていなかった。その貸し出し用ショールをスフィアから受け取ると、エドは私の肩にふわりとかけた。


「ありがとう」


 私は思わず素の笑顔でエドにお礼をした。


 正直言って、嬉しかった。だって、エドは一枚しかないショールをスフィアじゃなくて私に優先させたのよ?嬉しくないわけがない。

 けれど、少し高揚した私の気分はまたすぐにどん底に突き落とされた。すぐにエドが自分の上着を脱いで、スフィアの肩にそっとかけたから。

 私には会場の貸し出し用のショールを渡し、スフィアには自分の着ていた上着をかける。ショールは手元に一枚しかなかったからそうするしかなかったのかもしれないけれど、私はそれがそのままエドの中での私たちの立ち位置を示しているように見えた。私はただの幼馴染であり、スフィアは彼が守るべき女性だと言われている気がした。


 私の中でドロドロとした黒いものが広がっていく。


 ねぇ、なぜなの?

 どうして私では駄目だったの?

 礼儀作法だって完璧だし、お勉強も頑張った。

 意地の悪い貴族令嬢の蹴落とし合いからも常に一歩引いてきた。

 お洒落にも気を使ってきたし、見た目も悪くないはずよ。


 どうして?

 私にはいったい何が足りなかったの?


 私の中の黒いものはもうすぐ全てを覆い尽くしてしまう。

 あなたなんて居なければ、という恐ろしい考えが頭をよぎり、私は慌てて首を振った。


 スフィアは可愛い妹のような存在なのよ?

 それなのに、私はどうしてしまったの?

 ああ、お願い。誰か助けて。


「お気遣いありがとうございます。僕たちは中に戻りますので。行こう、アニエス」


 表面上は仮面のように笑顔を貼り付けたままの私の手をとると、アーロンさまはそっと大広間まで導いてくださった。もし彼が手を差し伸べてくれていなかったら、私はとっくに崩れ落ちていたかもしれない。


──

───



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