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鬼姫の曼珠沙華  作者: 紫木 千
第四章 『頭領一家編』
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【第四章】這いつくばっている方が似合う

 菊ノ清城に到着した草木帳の兵は、見たことのない化け物と直面した。背中から羽を生やした人型の化け物。倒しても倒しても、大きな繭から割って出てくる。


 野々姫はその化け物共を数匹素手で捕らえると、一瞬にして息の根を止めた。


「卯月、あなたは何人か連れて東門へ向かいなさいな。ここは妾たちが相手をするから」

「分かりました」


 小桜は野々姫の指示に従って草木帳の忍び隊と共に東門へと向かった。

 道中襲いかかってくる正体不明の化け物を跳ね除けて、目的地へと到着する。


 そこにも、大きな繭がいくつもあり、そこから化け物が生まれてくる。


「こうなれば……!」


 考えている暇はない。小桜は卯月の武器である、椿歌を掲げる。


「皆、目を瞑ってください!」


 金に輝く簪は、眩い光を放ち、次々に化け物を浄化していく。

 だが、四方八方から化け物は襲いかかってくる。こんなに大量に湧いてくるなんて。


 ──あの化け物は一体……。


 すると、小桜の隣に居た兵の首元に化け物が食らいついた。兵は苦しみもがきながら何とか化け物を押し退けようとする。

 小桜が化け物の頭に短刀を突き刺すと、収まった。


「しっかりしてください!」


 兵は首から大量の血を吹き出し、意識が朦朧としていた。

 やがて動かなくなるとたちまちその体を白いものが包んでいく。


「えっ……」


 それは繭となり、数秒も経たないうちに繭から突き破ってあの化け物が這い出てくる。

 小桜は即座に化け物の頭に短刀を突き立て息の根を止めた。


「まさかあの化け物たちは……!」


 背中から羽を生やした、人型の化け物。それらは全て、菊ノ清城の者達の死骸から生まれたものだったのだ。


 辺りを見れば、多くの者が殺されて、あの化け物に生まれ変わっている。


 その瞬間、小桜の中に恐怖という感情が生まれた。殺しても殺しても、敵は沸いてくる。そして、もしも自分が殺されたら、化け物の仲間入りを果たすことになるのだ。


「情けないですね……」


 ──私は姉として、覚悟を決めなければなりません。


 一度戦うと決めたのなら、最後まで、命尽きるまで戦い抜かなければ。


「姫様……私を、お守りくださいっ!」


 小桜は全力で戦を駆け抜ける。化け物を次々に倒し、確実に仕留める。

 背後を取られて、背中に衝撃が走った。だが、地に足を踏み込んで後ろの敵を抹殺する。


「卯月様……」


 小桜は、身も心も美しかった先代の卯月の名を呟いて椿歌を握りしめる。

 自分の力が届く距離までの全ての化け物を、一気に浄化していく。

 まだ鬼神になりたての小桜には、それは負担だった。おまけに体中に負った傷が疼いた。


 ──苦しい。


「まだ、未熟な私では、力が足らなかった……」


 だが、小桜は力を最大限に発揮し、またしても光を放つ。

 だが、背後に迫った敵に気づけなかった。



「ちょっと、何してくれてるんですか」



 そう、その少女こそ、繭だった。



…………………………………………………………



 一方、野々姫も苦戦していた。味方はあっという間に殺られ、敵として蘇ってくる。そのため、戦う相手がどんどん多くなっていくのだ。


「──いい加減なさいよ」


 野々姫は地面を足で踏み砕くと、その亀裂は広がり、化け物たちは飲み込まれていく。

 更に、屋根の破片や倒れている木などを片手で掴みあげると八つ当たりの如く敵に投げつける。そう。野々姫は見た目にそぐわず、怪力なのだ。


「……!」


 ふと、背後を見ると、すぐそこに崖があった。危ない、気をつけなければ。

 だけど、そんなことよりも……


「もう! 妾の着物が汚れたわ。如月に新しいの買ってもらわないと」


 夫の呆れ顔が目に浮かぶ。もっと上等な着物を買ってもらうからには、生きて帰らなければ。

 化け物共は野々姫に幾度となく襲いかかる。それが本当に面倒だ。


「やかましいわ!!」


 野々姫の懐に入っていた鞭が、化け物の横っ面を引っぱたいた。

 せっかく夫との楽しい思い出が蘇ってきた頃だったのに台無しだ。もう、全員なぶり殺しだ。


「ふふ」


 野々姫が暴れた結果、化け物たちの数は激減した。


 その時だった。


 誰かに引っ張られ、野々姫は崖から滑り落ちた。

 一体誰が……と上を見上げると、般若面を付けた少女が、崖から落ちていく野々姫を見下ろしていた。


 ──繭だ。


 まだ城にいたのか。


「よくも……あの城を汚してくれたわね……」


 繭は野々姫の呟きには何も返答しなかった。

 もちろん、奴らにとっては、城なんてどうでもいいのだろう。


 でも、ここで死ぬなんて思わなかった。あんなに偉そうに言っておきながら、もう帰ることは出来ない。


 睦月と先代の文月、如月と野々姫。師走が入れてくれたお茶を飲み、兄弟夫婦で話が盛り上がったものだ。懐かしい。あの城を守りたかった。


「ごめんね、"文月"」


 野々姫は義理の姉の鬼神としての名を最後に──




「死ぬのは許さない……!!!」




 野々姫の体に鎖が巻きついた。突然の事態に目を見開くと、目に飛び込んできたのは鎖を操る息子の姿だ。


「長月……」


 長月は鎖を引いて野々姫を自分の近くまで引っ張り上げる。

 命拾いした。


「長月……悪い子ね、何しに来たの」

「悪くて結構だ。母親が目の前で死ぬなんて耐えられないんでね」


 予想外の返答に野々姫は目を丸くした。近くに葉月はいないようだ。昔から兄の葉月の後ろを付いて回っていた長月だったが、知らぬ間に成長していたようだ。


 そして、親子は前方にいる敵を見据える。

 繭は般若面を外して、親子を睨むと舌打ちした。


「運がよろしいのですね」


 繭は面白くなさそうに微笑んで、般若面を地面に投げつけた。


「そこのお前。鬼蛇のために、派手にやってくれたわね」


 野々姫がそう言うと、当たり前ですと繭は恐ろしい笑みを浮かべた。


「鬼蛇様を侮辱した奴らなんて、ただ殺すだけじゃ物足りないんですもの」


 考え方が異常だ。鬼蛇に対しての執着と愛情が計り知れない。

 気がつけば、繭の周りに化け物が沸いて出てくる。


「あらあら、さっき全部倒したと思ったのにね……」


 野々姫は苛立ちを感じ、繭を睨みつける。


「繭は、この子達の親ですから。何度でも生み出してみせますよ」


 繭の不気味な声が城内に響き渡る。野々姫と長月は戦闘態勢に入る。



………………………………………………………………



 一方、小桜も繭と思われる人物と睨み合いを続けていた。


「あなたが、元凶ですか……」


 小桜の問いに、繭は首を傾げる。


「とぼけないでください! この化け物たちも、元々城にいた者達なのでしょう!?」


 繭は般若面を取ると、地面に放り投げた。小桜の問いにも答えずに、何故か小馬鹿にするように小桜を下から上へと眺める。


「もう、戦う体力もないでしょうに……なんて健気な……」


 幼い声で、そう言って頬を緩ませる。繭にそんな態度を取られても、小桜は冷静さを保った。

 確かに、力を使いすぎてもう限界だ。化け物は幾度となく沸いてくる。しかし、ここで弱っては、隙をつかれてしまう。


「そう言えば、鬼姫様、死にましたね」


 何故、それを知っている。小桜の眉がぴくりと動いた。


「可愛い赤子がいるのに、勿体ない。繭があの赤子のお母さんになってあげても良いですよ」

「誰が……あのお方をお前などに…!!」

「ですよね? だから、盗るんですよ」


 突如、化け物共が宙を舞って、小桜に食いかかる。小桜は多種多様の武器を使って化け物を倒していく。

 繭は何の合図も出していなかった。もしかしたら、化け物たちは繭と意思の疎通ができるのではないだろうか。


「はいはいはい、頑張ってくださいね」


 繭は手を鳴らし、挑発する。その打ち鳴らした手の音と共に、化け物は襲いかかってくる。


「──ッ!」


 小桜の首筋に、化け物の歯が食いこんだ。即座に化け物の首に短刀を突き刺して倒す。噛まれた場所が悪かった。血がどんどん流れてくる。


「あらぁ、死にますねぇ死にますねぇ」


 その通りだ。死んでしまう。小桜は、椿歌を掴んで、繭を見据える。


「姫様……苦しかったですね……」

「どうしたんですか?」


「──お前達が姫様を殺した!!!!!!!!」


 椿歌を曇った天に掲げて、小桜は憎らしげに繭を目で捉える。

 椿歌から発せられた光は天に昇り、黒い雲を貫いた。雲は弾かれ、澄み渡る晴天が姿を現した。そこから、光が爆発的に広がり、小桜の周囲にいた化け物たちは一匹残らず消し飛んだ。


「えっ、いやだ……何ですか、それ」


 繭は驚愕に満ちた表情で晴れ渡る空を眺める。まずい。繭は眩い光を受けて塵となって消えた。





 そして、野々姫と長月が相手をしていた繭は、光を浴びた直後、悲鳴をあげて塵となって風に飛ばされてしまった。


「あら、どういうこと?」

「偽物だ……今のは本物の繭ではない!」





 力を一気に放出した小桜は椿歌の光が消えたのと同時に倒れ込んだ。首元に手を当てれば、血のぬるりとした感触があった。このままでは、大量出血で死ぬ。

 皐月も、血を大量に流した状態で力を大幅に使ってしまい、死に至った。小桜も、同じ道を辿ってしまう。


 ──とにかく、ここを離れなければ。


 敵は消滅した。野々姫と合流して、この傷をどうにかしなければ。



「素晴らしい」

「え……」


 ──目の前にいたのは、倒したはずの繭だった。


「今あなたが倒したのは、偽物です」


 そう言ってニッコリと微笑む繭を見て、小桜は絶望した。もう、力は使い切ってしまった。そして、立ち上がる体力さえも残っていない。

 繭は小桜が動けないと分かっているので、余裕を持って小桜に近づいた。


「そんな……」

「残念ですね、死んでください」

「あなたたちは、何故、そんなにも殺したがるの……」


 小桜の問いに、繭はきょとんとした顔で立ち止まった。


「何故……分かりません。鬼蛇様もきっと、そうです。繭たちは、殺したいから殺すんです。何故と言われましても……よく、分かりません」


 繭は本気で困惑した様子だった。殺す理由。生きる理由。何も分からない。そう、問われるまで分からなかった。


 繭はふと、晴天を見上げた。


「綺麗ですね、あなたが作った空は。繭みたいなお人形さんでも、この空を見上げることが許されるのですね」


 そう言って微笑んだ繭は、懐から短刀を取り出した。


「苦しいですね、繭が楽にして差し上げます」


 死が、近づいてくる。たとえ、死んだとしても、天国には姫様や、死んで行った仲間達がいる。何も寂しくない。


 心残りは、双子の片割れ。


 繭が短刀を振り上げたその時。


 ──短刀が、弾かれた。


 小桜は、顔を上げた。自分を守るように立っているのは、小桜の兄だった。


「夕霧……」


「痛いっ! 何するんですかぁ!」


 繭は腕を押さえて泣き喚いている。

 夕霧は色々と聞きたそうにこちらを見る小桜に向かって、こう言った。


「死ぬなよ」

「……一応、半分鬼の血が流れています。これぐらいの傷なら、ぎりぎり持つかと……」


 夕霧は刀を握り直し、涙を流す繭に向かって、刃先を向けた。


「よくも他人の妹をぞんざいに扱ってくれたな」

「妹? ああ、道理で人間臭いと思ったんですよその鬼神!」


 繭は怒りを爆発させ、背中から大きな羽を生やした。


「ならば、仲良くあの世に送って差し上げますよ!」


 繭が大きな羽で風をきって飛んでくる。夕霧は小桜を抱えてなるべく遠くへと走る。

 菊ノ清城は敷地が広く、逃げられる場所は山ほどある。夕霧は小桜を気にかけながら、林の中へと突っ込んで行った。


「待て待て待て待てぇ!!!」


 子供が鬼ごっこをする。そんな感覚で、繭は追いかけてくる。本当に、子供のようだ。

 小桜は夕霧に脇に抱えられながら後ろを確認する。繭はもうすぐそこまで追いついてきている。


「ゆ、夕霧!」


 その先は崖だ。だが夕霧は迷いなく飛び降りた。


「え、ちょ、夕霧!?」


 何を考えている。地に着く直後、伸びてきた鎖が体に巻きついた。

 地上で待っていた野々姫と長月。長月は夕霧たちを引き上げると舌打ちをした。


「この鎖はお前らのために使うものではない」

「ああ、そうか。ありがとう」


 軽く礼を言うと長月はこちらを睨んできた。不機嫌そうだ。

 向かい側から大きな羽音が響き、繭が渡ってくる。

 夕霧は小桜を野々姫に託し、刀の柄を握りしめる。そのすぐ横で、鎖の音が聞こえた。


「お前が、あの虫を倒せるのか」

「多分」


 曖昧な回答しか返さない夕霧。

 文月はこんな奴のどこに惚れたのだろう。長月の中で、苛立ちと疑問と、羨ましいという思いが沸き上がる。


 だが、まずは目の前のあいつに集中しなければ。


 こちらに突っ込んできた繭の首に、夕霧の刀が触れた。


「──!」


 止まることが出来なかった繭は、そのまま首筋に赤い線を引くこととなった。

 空中で停止し、首筋に入れられた傷口を手で塞ぎ、鋭い眼光を夕霧に向けた。


「人間め……!! おのれっ!!」


 先よりも速く、繭は突っ込んでくる。繭の手に、いつの間にか短刀が握られている。夕霧の胸倉を掴むと短刀を振り上げた。


 途端、鎖が乱入し、夕霧を仕留め損なった。


 鎖は避けても避けても、繭を追い続ける。ついに繭の羽が破かれた。

 落ちていく繭と目が合った長月は、唇の端を吊り上げて、こう言った。


「お前は天よりも地に這いつくばっている方が似合う」


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